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Many and Very

いつ死んでもいいように、なるべくがんばって生きたいだけ。

妊娠ってやつ

妊娠しました。いまは4ヶ月に入って少したったところです。

 

アフリカのハネムーンもすっとばして、結婚式を急いでしようという話になったのは、そういうわけでして。

 

無計画の予定外妊娠。

そういうとひどい言い方みたいだけど、普通に結婚して、H氏のことが大好きゆえに元気に性交をして、それで割とあっさり妊娠したということで、

私は心から「あぁ、ほんと、この人本当に私の運命の人なんだなぁ」と思った。

 

H氏は報告したとき「えっ、まじっ」と驚いていた。

母は「あらら〜、アフリカ行けないのね〜、ははは〜、おめでとう〜」と喜んでいた。

 

 

今までは私のてんで関係ないところでのあちらこちらで、不妊のリスクや実際に不妊だった人の話、不運にも流産した人の話、出産後に心臓がまじで死ぬ寸前くらいまで悪くなった人、心臓が実際に停止した人、

そのほか色んなことを聞いていたから自分もきっと不妊だろうと思っていたし、妊娠したとしても数回は流産するんじゃないかと思っていた。

 

というか、今も思ってます。

心から、この先、何が起きても不思議じゃないし、妊婦たるもの色んなことを覚悟しておいたほうがいい、といつも。

 

「妊娠おめでとう!」

 

ありがとう。

 

「きゃ〜!よかったねぇ!身体に気をつけてねぇ!」

 

ありがとう。

 

「えぇっ、ほんとに赤ちゃんがいるの!わーー!楽しみだねぇぇ!」

 

どうもありがとう。

 

 

嬉しくないわけじゃないし、楽しみじゃないわけじゃない。

だけど心から喜んでいる、とは言えなかった。

 

 

妊婦になると自然に「母親としての自覚」だとか「妊娠の喜び」だとか、「妊娠の輝き」だとかに包まれると思ってたけど、そんなことなかったのね。

 

あれはホルモンの関係でなるものではなく、今までの人生経験や性格によるものが大きいらしい。

 

 

 

妊娠が発覚したとき、私は喜びよりも

「まじか、まじか…あまり期待しないでおこう、期待すると落胆するし、それが怖い、てゆーかきっと今回はダメだと思う」なんて、愛情とかが生まれる全く別のところでやけに冷静にそう思って、今もその思いにとらわれている。

 

出来事は他人と同様に自分にも起こる。人に起こることは自分にも起こりえる。

若年性のがんも、突発性の難病も、心筋梗塞も、くも膜下出血も、交通事故も、人に起こったことは自分にも。何事もそう思ってきた。

 

事故や病気、親や兄妹の死が自分にも平等に起こるように、出産の喜び、子育ての楽しさと同じところで平等に、私にもきっと「流産」や「不妊」それに伴う「悲しみ」「落胆」が準備されていると思うと、純粋に喜ぶ気になれなかった。

 

そんなリスクを考えて喜べない自分が不憫だし滑稽だと思うけど、私の「妊娠発覚」体験はとにかくそういう感じだったのだ。

 

 

H氏はやけにネガティブな私を見て、「あんた全然嬉しそうじゃないのね」と苦笑いする。

「嬉しいよ、だけどあんまり喜ぶと悲しい思いするから。」と答える私。

 

思うと犬をかわいがると、死ぬときに辛いから、って言ってるのと同じ理屈。

バカでアホだというのはよく分かる。だけど、こればっかりは、自分がその悲しみ以上の喜びや幸せに包まれないと実感できないの。

 

 

「今回は動いてないかも」

「次こそ心拍とまってるかも」

「自然に流産してたとしても仕方ない」などと何度も言っていたら、

牛のそういう仕事をしているH氏に「牛だっておなかの仔になんかあったら、母親は元気なくなったりするんだから大丈夫だ!」と言われ、

「牛はどんな感じで元気なくなるの?」と質問すると、

「ご飯食べなくなったり、様子がおかしくなったり、色々だけど、あんたはよく食べてるし元気だし、あんたが元気ってことはお腹の子も元気ってことなの!」と励ましてくれた。

 

H氏のそれは、とても納得できるいい励ましで、心が軽くなった。

お腹も張らない、出血もない、つわりもめちゃくちゃ軽い、食欲もある、よく笑う、眠い(妊婦じゃなくても)、わたしは幸せだ、だったら元気なのかも、この人は。

 

覚悟していく検診では、

毎回「すごく順調ですね〜」と言われ、胎児はむくむくと大きくなっていた。

エコーでの心臓も元気に動いてて、私は白黒のその画像を見ながら「へぇ、はぁ、ふぅん」と言うので精一杯で、検診が終わるとH氏と家族には「無事に生きてました」と報告した。

 

妊娠12週をすぎると「自然流産」する危険性は下がる、みたいなことが書いてあり、

13週にはいった先日、H氏が牛用のエコー(直腸用)で私の腹を見てくれたときも、胎児はびっくりするほどでかくなっていて、私はそこで、やっと少し安心した。

 

「これ、最後まで行くかも」

 

ということでやや前向きになり、このブログを書いてます。

 

 

ダメになったときのこと考えてネガティブになるのはアホだ。

 

妊娠の生活はもう2度とないかもしれないんだから、やっぱりちゃんと楽しもう。

「妊娠の輝き」というものに、今後2度と触れることはないかもしれないんだから、ちゃんと味わおう。

 

もしかしたら私のつわりは「ネガティブ」や「不安」だったのかもしれません。

 

なので順調にいけば予定日は10月!!

せっかく腹にいるこの人を十分愛情をもって私の中でちゃんと育てよっと。

あとはH氏との残り少ない夫婦水入らずの生活を、一日一日かみしめて生活しよっと。

 

 

ぽこっと何も準備しないで妊娠したと思ってたけど、

思い直してみれば、数年前から年齢的にも仕事でも、不規則な勤務でホルモンバランスが乱れやすいというのもあったし、婦人科系のお悩みを抱えている友人や先輩が多かったのもあって、

2年に1回は子宮頸癌の検査もしていたし、風疹や麻しんの予防接種、その他HIVを含む感染症は妊娠前(てゆーか結婚前)に調べてあった。

 

ananやファッション雑誌なんかの特集でも、不妊の原因はよく取り上げられていて、

婦人科系疾患には骨盤周りのゆがみや血流の悪さ、冷えが悪いと知ってから、25歳くらいから毎日風呂につかり、寝る前のストレッチでも股関節周りを重点的にやって、寒さに負けないようにタイツを毎日はいていたのが、もしかしたら良かったんだろうか。ヨガや整体で骨盤矯正をしたのが良かったんだろうか。

 

 

結婚したら子どもがほしいけど、どうせすぐできるわけないし、ある程度年齢もいってるし、トントン拍子に進むわけないでしょう、と心がまえていたので、

あまりにもあっさりと妊娠したことが恐ろしかったし、びっくりしたけど、もしかしたら私の大きな人生のサイクル中で、この時期に妊娠することが決まってのかな。結局なるべくしてなったってゆう、運命的な話です。

 

 

2月に父親が死んだときにヒマだったので札幌の地下街の薬局で検査薬を買って、近くにあった公衆トイレでおしっこひっかけたときの気持ち、忘れないでおこう。

 

 

順調にいけば、もう少しで母と、そして父になる私たち。

 

まだまだ子どもで、自分たちの環境の変化についていけないけど、のんびり、へらへらしながら、成長していこうと思います。

 

おやすみなさい。