Many and Very

いつ死んでもいいように、なるべくがんばって生きたいだけ。

LOW

夫がマグロ釣り遠征から22時すぎに帰宅し、

それまでは「ふ〜〜〜〜♩♪♫」みたいな気持ちだったのに、

彼が「ただいま〜〜あ〜〜ッ疲れたぁ〜〜〜ッ!腰いてぇ〜〜〜ッ!お腹すいたぁ〜〜〜ッ!!」とか言って玄関あけてリビングにきた瞬間、イライラが沸点に達してめっちゃ冷たい態度とった私です、こんばんわ。

 

私が寝かしつけしてる間、お腹がすいたとか言って、なか卯で購入したうどんをズルズルとすすりながら、変なユーチューブ番組見てたのがまた腹ただしい。この世のものとは思えないほど腹たつ音DETH!!!

 

腹たちながらかわいい息子を寝かしつけて寝室のドアをガラリと開けると夫はびっくりしたように「お。どうした、寝たのかと思った」とか言って意味のわらかんYouTube番組を引き続き見ようとしていたので、

 

お前にそのくだらん意味のわからんYouTube見てまったりする時間はゼロである!!!!!という強い気持ちで「あたし映画の続きみるから」とぼそりと言ってくだらんチャンネルを切ってアマゾンプライムで途中であった「こんな夜更けにバナナかよ」の続きを見ました。

 

途中夫から「さっきご飯食べてたら息子(5歳)がお茶入れてくれた、めっちゃ優しい」とかくだらんことを話しかけてきたので「そうでしょ、私が育ててますから」と強めのイヤミもかましておいた。

 

大泉洋の映画初めてみたの?」とも話しかけてきたのでそれは無視した。

 

こんな夜更けにバナナかよ、をひとしきり鑑賞し、涙し、色々と思うところがあり、グズグズと鼻をならしてるうちに夫が就寝し、そしたらイライラもす〜〜っと軽減されてなくなってブログ更新してます。

えっと、私のイライラって何?どっからやってきたの?もしや夫の守護霊的なやつの関係?

 

 

「こんな夜更けにバナナかよ」は私が大学生のときに話題になった本で、ここ北海道でおこった筋ジストロフィーの患者・生活者と介護者との関係性、実際の生き方を書いた本で、生活者と介護者が対等な関係である「ノーマライゼーション」という理念?について学ぶ時に、先生が例に出していた。

「いい本だから読んでみてください」ってな感じ。

 

本は読まなかったけど、15年以上経過した今、映画すごく観てよかったです。

 

 

 

 

連休はみなさん、どのようにお過ごしですか。

 

まさか体育の日がスポーツの日に転換され、そしてその連休が感染症拡大へのバッドタイミングになるかもしれないなんて、

ほんと未来はどんなことが起こるのかなんてちっとも想像も予想もできない。

 

 

 

子どもたちは毎日あいかわらず普通にしていて、常にひまそうで楽しそうで幸せそうです。

 

私はというと、ちょっと仕事から離れて、映画を見たり、本を読んだり、音楽を聴いたり、たくさん掃除したり、不要なものをたくさん捨てて、気持ちを切り替えようと努力するような感じの連休。なかなか悪くないよね。

 

 

明日は夫がマグロの片付けするそうで、私はいまローギアなのでちょっとめんどくさい気持ちですが、それではおやすみなさい。

 

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先日息子の幼稚園での花火大会でした。

少し前まで私とぴったり見てたのに、今は友だちと並んで見るようになったんだな、と成長を感じた。少しの寂しさとともに。

 

 

あとは香水よく聴いてます

いま流行ってるんですね。夜ラジオから流れてきて、確かに耳に残る歌だなと思ってた。

ど〜るちぇあ〜んどがっぱなぁ〜ってところがクセになる

 


香水 / 瑛人 (Official Music Video)

真夜中のティー

三浦春馬くんがなくなって、深く落ち込んで悲しんでいます。

 

ふとした瞬間にそのことを思い出し、ウッと穴に落ちたみたいな気持ちになる。

同僚に「まだ悲しい、1日に20回くらいは三浦春馬のこと考えてる」と言うと、「わかります、私もです」と言っていた。

 

何がそんなに悲しいのか。

特別ファンクラブとかに入会して握手会などにせっせとでかけていたわけじゃない、それでも彼がこの世を去ったことが、何がそんなに悲しくさせるのか。

 

他の違う俳優だったらどうだろうか。例えばあの人とか、その人とか。色々考えてみたけど、結局のところ悲しみが薄まったりはしない。

 

才能に溢れ、色々と十分に恵まれているように見える人が、そうではなかった事実、そんなことは全くもって幻想だったってことをドンと突きつけられるような、、、、

 

 

とにかく深く悲しんで、こんな時間まで君に届けみながら涙してました。だって夫は遠くまでクロマグロ釣りに行って不在ですので。

 

 

最近、落ち込むことがひどく続く。三浦春馬が亡くなったことも加えて、疲れて哀しい気持ちになることが多い数日だった。

 

そんな日もある。誰にだって、クソみたいな日だってもちろんあるのだ。

つーかクソみたいなことがないことのほうがないというか。

クソみたいなことが1日にひとつは絶対あるというか。クソみたいなことの延長線上に、本当に信じられないほどクソ感動するようなことが時々あるから、まぁやっていけるんだろうけど。

 

とういことで何かスッキリした気分になりたくて、夜な夜なキッチンを掃除してました。

掃除が終わってツイッターで見た「フランスマダムが教えてる美味しい紅茶の入れ方」で明日家族で飲む紅茶をつくってる間にブログ更新。

 

真夜中、夏の雨の夜にのそのそ起き出してキッチンを磨く。夏のことと、吉本ばななのキッチンを思い出しながら、私にもそういうものがあって良かったな、などと思った。

 

 

そういうこともある。そうやって自分にできることをできる分だけやる。

 

 

 

マダムの紅茶は、鍋に2リットルのお湯をわかして、紅茶のティーバッグを3つ放り込んで蓋をして、21分タイマーをかけて放置して蒸らしてできあがり。スッキリとしたアイスティーになって、ほんと美味しいです。おすすめ。

 

 

おいてる、ついてる

なにかとまた書いてませんでしたが、眠れないのでブログ更新。

 

頭が冴えて眠れない。そんなこと1年にあるかないかなんだけど、それが本日、今夜、ということです。

しっぽでも出てきて大きなゴリラにでもなったりして。それならそれで別にいいけど、息子たちに怖がられてハグできないのだけは困る。

最近は物欲も欲しいものなくて停滞気味だし(というか欲しいものは迷わず購入してる)、性欲も減退、食欲だけは高値で更新しすぎてて困ってます。

ハァ、どんどん持ってこい!という胃袋の指令。

 

本日は自分の老いを受け入れるという話です。

 

老いて肥えてたるんだ自分の姿、特に子どもたちの写真にはじのほうでちょこっと写ってる自分の姿を見てショックを受けるようになり、つい拡大して見たくないはずの現実(肌ツヤなど)を直視してしまう。

まるでNetflixのドラマの呪怨を音消して字幕で観てるような矛盾です。

 

30代すぎると衰えは早い。家族に愛されて実に幸せだと老けるのも超特急なのか…なんていきなりの幸せ自慢でもしなくちゃ自分を保てない。

 

おそらくわたしの生命の女性としてのエネルギーはすべて老けた。辛いけれども、もうそういうことだ。

 

去年の夏、噴水パークで高校の後輩(男)に偶然出会い、久しぶり〜!と声をかけたら、

誰か全然わかんない!!だってU子さんて、もっとギラギラした感じでしたよね!?とか言われ、おい、それどんな意味とか思ってて、

 

今年の春、高校の同級生に職場で久しぶりに再開したときも、共通の上司からU子さんはもっと派手な感じだったけど落ち着いてたと言ってましたよ、と謎の報告をされ、

 

そして昨日の夕方、昼寝おきで、マスクにメガネでボロボロのジーンズで風呂も入らないままコープ(スーパー)で買い物してるところ、夫婦で買い物をしていた中学の元カレとみそ売り場で遭遇し、「わっ、誰が全然わからんかった」とか驚かれた。

 

 

私どちらかというと若い男よりも萎れかかってる男性のほうが好きなタイプなので、男の外見の劣化、特に最近の夫については歳とって素敵だと思えるのに自分のシワやたるみについては目を晒したくなる。

夫も褒めてくれないし、息子たちしか褒めてくれない中、せまりくる40代に向けて老いを受け入れるようにしていきたいです。という老いの話でした。

 

 

今日もみんなマスクして会議してました。

信じられないよね、こんな世の中。新しい生活様式って言ったって、こんな人々の生活の根底がゆらぐことが起きるなんて、とか思いながら話を聞いていた。

会議の8割は意味のない時間だよな、なんて思って、机のとなりのあの人が何を思って仕事してるかなんて、全然想像もつかないよな、とか思った今日でした。

 

 

モトカレ

まったくもって「田舎あるある」の話で恐縮なんだけど、

先日同僚の口から「U子ちゃんって●●くんって知ってる?」と唐突に高校1年から3年生のときまでびっちり付き合っていた元彼の名前が出てびっくりした。

 

数年前に大型スーパーで見かけたとき、毛玉だらけのジャージにボロボロのセーター、便所サンダルみたいな出で立ちで、最後に見たときからおそらく2倍の体重くらいまで肥えてたし、まさか金銭的なトラブルによりついに逮捕でもされたのでは?という思いが頭をよぎりながら

 

「・・・知ってるけど、どうかした?」とおそるおそる聞いたんだけど、

 

同僚は「いや、うちの旦那と友だちで、この週末家に遊びにきてたのさ、てゆーかよく遊びに来るんだよね。昨日なんとなく高校のときの彼女の話になってちょっと名前言ってみてって言ったらU子ちゃんだったから家で大きな声でた」と言ってふふふ、と笑うのだった。

 

地元せま〜〜!!

 

そうしてしばらくぶりに高校の元彼のことを思い出し、ひとつ思い出したらふたつ思い出して、ふたつ思い出したらみっつ思い出して、そういうことってありませんか。

 

とにかく同僚に、

「彼さ、よくU子ちゃんが通っている高校まで自転車で迎えに行ってたって話してたよ」と言われて、そうそう、ぜんぜん忘れてたけど、よく高校までボロボロのチャリで迎えに来てくれてた!

 

そうして二人乗りして、ギーコギーコしながら家まで送ってもらってたんだわ!

 

まったくもって忘れてた!そんなこともあった!

 

めっちゃ久しぶりにその記憶引き出しから出したけど、あんなに何回も迎えにきてくれてたのに今まで全然まったく思い出すこともなかった!!

 

20年ぶりに思い出した元彼の記憶は、自分でも意外なほどに私の記憶をゆさぶった。

 

私の記憶の中の彼は、なんてゆうかすごーくだらしなくて、お金なくて、お金ないのは高校生だからとかそういう問題でなくなくて、たくさんつきあったけどとにかく「だらしない」そんなイメージしか残ってなくて、いつも「あの人と別れて本当に良かった」と思ってその後の人生を過ごしてきた。

 

だけど大人になった私が彼を冷静に振り返ってみると、明るくて楽しくて優しい人だったのがよく分かる。ほんとはとってもいい人。私を傷つけるようなひどいことなんて言わないような人。

 

そういうことって、全部忘れちゃうんだなぁ。びっくりしませんか。「してあげた」ことはイヤらしくほとんど覚えてるのに、してもらったことはほんとに真っ白に近いところまで忘れているなんて。

 

 

 

私はもしかしたら、今までもそうだったのかも。

自分が誰かにしてあげたことばっかり記憶に刻んで、誰かにしてもらったことは当たり前の顔で「ありがとー」なんて言って忘れて、もしかしたらそうやって忘れて生活してきたのかもしれない。

 

あの人はどんだけしてあげても、してもらうのに慣れてるってな感じで、助けてもらうのが当たり前みたいな、やってもらうのが当たり前みたいな、そういう顔してたのかも。

 

これからはしてあげたことはまぁ全部忘れてもいいから、してもらったことは忘れないようにしたい

 

自分が何を貢献したか、自分がどんだけいいことをしたか、自分がどのくらいの能力があるのかってことは考えなくていいから、人にどれくらい気にかけてもらってて、それがどのくらいありがたいことかってことを考えられる人になりたい・・・・・

 

 

ということで、元彼のことで考えてた1週間でした。

 

 

コロナも少し落ち着いて、明日からは幼稚園も通常保育開始。

2月末から今まで長い3ヶ月だった。子どもたちはへっちゃらな顔して過ごしている。明日からは今よりもうちょっと楽しい日々になればいい。

 

 

してあげたことは忘れて、してもらったことだけを覚えて生きていけたら、それってけっこう素敵なことだと思えてきた。

 

私があの人と高校の3年もつきあったのは、最終的にこの結論に達するためでけっこう意味あったのかも。なんてね、おやすみなさい。

 

 

 

なんにもないけど

本日はめずらしく夫が我々の寝室で子どもとともに就寝したため、私は「ふぐぐぐ」という具合に起き出して洗濯・仕事の宿題(新入職員だもので)、キッチンの片付けを終了させ、このパソコンの前に座りブログを更新している。

 

パソコン用の椅子はファネットチェア。

知る人は知る、有名な高級ビンテージの椅子である。家を新築したとき、ハイテンションにまかせてメルカリに出てるのを急いで買ったけど、いざ来て座ったらギシギシとゆがみがひどく、子どもが座っただけで壊れそうな様子であった。

地元近くの創作家具をつくっているお店の人に相談してもらったら、なんと無料で直してくれたありがたい椅子である。直してもらったけど、相変わらず椅子はよしかかると「ギシ」という音がする。

 

いつものパソコンの前にすわって「何かこうかな」と思った。

 

別になんも書きたいこと、ないんだよな

 

最近別に、なにも楽しいことないし。

 

仕事して。帰宅して。そして寝る。また起きて仕事。合間にコロナ。コロナの話題は四方八方からいいかげんほとほと疲れた。

 

語って感染が治るなら、語ってリスクが減るなら書くけど、どうやら全然その効果はないし、

だったら極力何もしないのが個人にできることなんだったら、別に書きたいことだってそんなないんだよな、などとぼんやりと思った。

 

あの人はなにしてるんだろとか、友だちはみんな元気なんだろうか、ステイホームしてるんだろうか、

 

どこかに旅行に行ったり、誰かと気軽に食事したり、誰かとともに近い距離で笑いあったり、そういうことが「いいね!」と言える世の中は、いったいいつまた来てくれるんだろ

 

会いたいと思うことが「いまはいけないこと」で、楽しい思いをしたい気持ちが「家で工夫しろ」だったり、みんなで出かけたいことが「いいかげんにしろ」などと言うのは、いったいぜんたい、いつ終わるんだ

 

 

「こっちよりまし」「ここはこんなにひどい」「あそこはこんなに我慢してる」

 

誰かと誰かを比べあって、誰かと誰かが監視しあって、誰かと誰かが気にし合う

 

まさか唐突に、そんな世の中になるなんて、私そんな準備ぜんぜんなかったよ・・・・

 

 

うちから幼稚園に向かう道路の途中に、新しいパン屋さんがオープンする。

 

信号待ちしながら「ここもうちょっとでオープンだって、嬉しいね」とひとりごとみたいなことを言うと、

後ろの座席にのっていた3歳の次男が「もうコロナウイルスなくなるの?」と聞いた。

 

コロナウイルスはねぇ、たぶんなくならないんだけど、パン屋さんは美味しいパンやいてくれると思うよ」と言いながら、なんだろな、これは、となんだか切ない気持ちになった。

 

 

書きたいことがなくても、やりたいことができなくても、今の気持ちを残すことはもしかしたら一応価値あることにつながるかもしれない。

 

別にみんなに披露したいことがないときだって、私はこうして書いてきたわけだし。

 

正直な気持ちを残しながら、明日も毎日やっていく。それなりに。そうやって、毎日やってきたわけだし。

 

 みんなもそうやって、頑張ってるわけだし。

 

ははのひ

本日もzoom飲みしてました。

 

うーむ、zoomで飲んでたらもうこれでいくない?って気持ちになるの分かる…

 

遠く離れた友だちと気軽に会えるのとても嬉しいです

 

 

夫に声うるさくてテレビの音聞こえないからイヤホンしてねと言われたので本日は久しぶりにイヤホンしました。

いま通勤車だからイヤホンしないんだよね。でもしてみようかな。駐車場から職場は徒歩2分ですけども。

 

この自粛期間に本とか読んだりたくさんしたいことあるんだけど、なぜか何もしないで過ぎていく…

 

しかし思い返せば4ヶ月ぶりに美容室に行ったし、玄関の断捨離てか片付けしたし、おたまじゃくしを森に返しに行ったし、義母にプレゼント渡しに行ってお好み焼きパーティーしたし、

何もしないといいつた割と充実した日曜日であった。

 

今日は母の日。息子たちはお花の絵を描いてくれました。毎回こんなかわいい子に大好きとか言ってもらえてまじで心から嬉しい…こちらこそ大好きだよ…尊い〜!!尊さが止まらない〜〜!!という具合ですね。

 

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昨日は近くの湖と海に行きました。息子たちは久しぶりの外出にすごく喜んでいた。

 

みんな密にならないように気をつけてそれぞれ遠くで眺めていた…

夜のブラ

コロナ休みがまだ私のパンツのゴムごとく、ゆるゆるの雰囲気だった2月のあるとき、

3家族で集まってたいつものママ友のうちの1人が「昨日旦那にナイトブラの広告手渡されたんだけど、誰かしてる人いる?」と私たちに聞いた。

 

「ナイトブラってなに」

「通常でもブラなんてしてないのにナイトもブラするわけないじゃん」などということを私とママ友は答えた。

 

「えっ、普通のときブラしてないの?」

「してないけど。」「してないよね。」

「まじ?ノーブラってこと?」

「ブラトップ」「私も。子供うんでからずっとブラトップ」

「えーーっ、や、信じられない、なんか恥ずかしい」

「ちょっと、別に恥ずかしいことなんて一つもないぞ、パンツは入るし乳首も浮いてないっつーの」

「や、なんかそういう問題じゃない・・・」

「おい、ブラトップバカにするなよ、こちとら365日×5年してるんだぞ」

 

などと言う会話ののち、

「そういや私はいつからブラしてないんだっけ」とふと振り返った。

 

夜勤してたときは胸元苦しいのが非常に嫌でブラトップで出勤してたのは覚えてる・・・

日勤・・・はかろうじてブラしてたよねぇ

 

そうそうだってハワイ行ったら必ずビクトリアシークレット立ち寄って安くてかわいいパンツとブラのセットを購入してたし・・・

 

その後妊娠して出産したから未使用のままメルカリで全部売ったけど・・・

 

 

もし私の夫が木村拓哉(別に特別好きと言うわけじゃない)、いや木村拓哉だったらブラトップだわ、

もし私の夫が坂口健太郎だったら、ブラしてるかも。ナイトもブラしてるかも。

もし私の夫が松坂桃李だったら、いやいや、それはブラしてるね、だって娼年見ちゃってるしね、それはナイトもしてます。

もしも私の夫が20代だったら、私はもうちょっと自分のボディというか、ボディラインというか、そういうものに気を使ったんじゃないか

ってことはやはり自分の夫のことを見くびっているんじゃないか、本来だったら女性として、人として美しくありたいという気持ちがだらけて、それが伸びきったブラトップにも現れてるのじゃないか、

もし夫が突然死んだとして、しばらくは悲しみにくれるだろう、立ち直れないかもしれない、もう一生分の気持ちは使い果たしたと思いながらもそこは私、

きっとまた恋をしたいなどと壮年期になって思うとする、そのときに30年間ブラしてない女が選ばれるか、いや、選ばない、選ばれない、答えは明確だ。

 

ウーマンリブ運動のときは女たちはこんなものに締め付けられてるからと大量のブラを焼いたと本に書いてあったけど、締め付けてるのもたしかにブラだけど、支えてるのも確かにブラなのだ。

息子は私のパンツを買いに下着売り場に立ち寄ったとき、ブラジャーを指差し「おかあさん、これってなに?」と質問してきたこともある。こんなんじゃダメだ!

 

よし!!

そして私は決心した。2週間ブラチャレンジ!

それは2週間毎日ブラしてみるというもの!言葉通りです!

 

とりあえず3日間こっそりブラを着用し、うん、なかなかいいかも、続けられそう、

その時のメンバーのママ友に上記報告し、「U子ちゃん!出会って過去一番胸が上にあがってるよ!」などと言われ、

「そりゃ出会ってから一度もブラして会ったことないからな」と言い合いながら、なかなかブラ着用するのも気持ちが引き締まっていいなぁなどと感じた3日目の夕飯時に、

 

夫に「こんな話があってかくかくしかじか、ってことで私最近ブラしてるんですけど、なんか変わったことある?!どぉ?」とカイリキーのポーズをしてみせると

 

「いや全然よくわからんけど、俺はブラよりブラトップ好き、セクシーじゃん」と一言。

 

あんたそっち側の人間だったか

あんたがそっち側の人間なんだったら私もう一生ブラトップでいいわ。ふぅ。

 

何を言いたいかというと、そういうことで私は今日もブラトップしてノーブラということです。別に女性意識の低下ということではなく、夫に趣味にあえて寄せてる、という。

 

なんでこんなことをいきなりブログで書こうと思ったかは、息子がとってくれた自分の姿があまりに悲しい様子でしたので、それを思い出し、ひさしぶりに会った誰かに「あんた全然かわらないね」と言われたいけどそれもはや夢物語だわ、と思った、ということからです。

 

人を美醜で判断しない!人は中身!中身は結局顔にでるんだわ!!

わははは!そりゃ結局人は見た目ってことじゃねぇか!

 

って朝ドラエールのワンシーン見ながら「その通りなんだわ」と頷いた。

エールは吃音者が主人公ってことで見ようと決意したけども、今となっては吃音者じゃなくても大変すばらしいドラマですので、これから半年間も楽しみです

 

 

あと久しぶりにiTunes Storeでアルバム購入しました。

ちょっと日常と違うことするの、とてもいいよね。聴いたことない音。あたらしい音楽。元気でる。

 


Judee Sill - Crayon Angels 1971