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Many and Very

いつ死んでもいいように、なるべくがんばって生きたいだけ。

ぼやいてます

寝ようと思ってるんだけど、お腹がグルグルしてねれない…

 

来るなら早く…と思ってるのに、一向に来てくれないからじれったい。

 

 

こじらせてます、私です

 

 

 

今日は久しぶりに高校の友人に会ってお話ししましたが、毎回のことながら不完全燃焼で終了した。

 

いや、不完全燃焼というのは完全に私の一方通行からの目線で、向こうからしたら余計なお節介というやつです

 

 

誰かが愚痴や悩みを口にしてるからといって、

まじで本当に改善したいと望んで、かつ行動に移したいと願っているかというのは、また違う話だった…と再確認した苦い日だった。

 

 

以下は寝る前のぼやきです。

 

子育てを実際にしてみると、実際は頭が疲れる。考えて行動することが今までの10倍くらい増えた。

 

産んで接してからも、なんてゆうか、自分の子は一人の人というよりも、赤ちゃんというペットに近い感覚というか、親→子の一方通行だとなんとなく認識してたんだけど、

 

早期教育という言葉を知って、いろんな本を読んでからは、あ、そうじゃないのか、と目からウロコが落ちたような感じだった。

 

たとえばの話だけど重要な説明もなく「ダメっ」とかいって熱中してる何かを取り上げるようなことを、子どもにはしがちだけど、ちょっとまって、それってよく考えたら変だよな、という感じのこと。

もちろん超危険なときは別です。それは子ども以外の人にもするし。

 

家族や友だちにもできない不躾なことも、子どもにはなんでかやっちゃうようなこと、ありませんか。

我が家の話では、うちの親が兄に超嫌味なこと言いまくってることがあって、聞いてるほうも気分悪いし、おにーちゃんだって嫌な気分になるからやめなよ、過去のこと言い続けたって意味ないじゃん、と注意したときに、

「こっちだって育てるのに大変な思いしてるんだから、少しくらい嫌なこと言ってもいいんだ!」とすごく威張っていることがあったんだけど、

うちだけじゃなく、親に何か嫌なことを言われて、ものすごく嫌な気分になったことがある人って多いんじゃないかと思う。

あれ、ほんと嫌なのよね。親は忘れてるかもしれないけど、子どもは割と忘れないし。


まぁ、だからとりあえず自分たちの方向性としては、言葉で説明できないだけで、子どもにだって言い分はあるということを念頭におきつつ、

なるべく主従関係じゃなくて、コーチ兼サポーターみたいな感じでいこう、とH氏と決めたりしたんだけど、

 

でも、そんなことよりもほかのことを大切にしてる人も多々いるわけで。

 

 

私(たち)が大切にしようとしているものと、誰かが大切にしたいと考えてるもの(たとえば朝しゃきっと起きてもりもりとご飯を食べて、ご機嫌にめいいっぱい遊んで、お風呂も嫌がらずに入って着替えは健気に自分でやって、親のいうことを聞いてすんなり寝るなど、1日を健全に過ごすこと)が全然まったく違う場合、

 

どうしてもこっちとしては「そんな風に考えなくてもいいのに…ちょっと子どもかわいそう」などと思ってしまって、

だけどそんなことすごいくお節介だし、むしろ下品ですらあって、できればそんな風に思いたくない…

 

…こんな私に子育ての何かについて語られたくもないだろというのは容易に想像つくし…

うーんうーん… むにゃむにゃボソボソ

 

そう悩んでる人に「こうすればいいんじゃない」と私が思うことをズケズケというのは乱暴すぎるし…、あーぁ、眠くなって考えるのもアホらしくなってきた…



 

子育てや他の人の家庭の事情は、すっごく内面のことだからむやみに口にしないのが正しいな、などと考えた、という話です

 うちはうち、よそはよそ、と自分にまるで呪文のように言い聞かせる。

 

糸井さんが「周囲が自分と違う場合に気に食わないと思うときは、自分がやや暴走しているときという判断材料にしてる」みたいなことを吉本隆明との対談でいってて、

 

私もその状況に片足つっこんでるんだろうな、気をつけよう、と思ったのでした

 

あ…



げんかい…



 

おやすみなさい