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Many and Very

いつ死んでもいいように、なるべくがんばって生きたいだけ。

It's a small world

togetter.com

 

佐々木俊尚さんのツイッターで流れてきたので、興味深く読みました。

 

ツイッターでただぼやいただけなのに有名人にリプライされて炎上するのってほんと大変だっただろうな…と思ったけど、

ツイッターで改めてそういうツールなんですよね。まぁブログもそうだけど。

 

個人的には好きなアーティストが政治的な発言をすることに対しては、表現そのものがすばらしければどうとも思わないし、逆に納得もするかもしれないけど、

 

そのアーティストのアート自体が陳腐ならそれはガッカリするかもしれない。

 

アーティストが政治的な発言をするのも自由だし、それを支持するのも自由だと思うし、

だけどその一方で、演技や音楽、ほかの芸術で何かを表現して私たちを納得や満足させてくれてた人が、いきなり違う分野での一面が驚くほど陳腐だった場合は、やっぱり「…お願い、やめて。」って感じるのも正直な感想だと思った。

 

大好きなモデルの私服がめっちゃダサくて、それもドヤ顔で、自分のブログやSNSでのせまくってたら「…やめてよ、ガッカリ」と思うでしょ。

 

超おいしいラーメン屋の店主が、いきなり「安倍政権はろくでもない」とか「戦争法案」とか言いだしたらお願いだまってて、って思うでしょ。

 

自分で見に行ってるんだからガッカリするんだったら見なきゃいいんだけど、それでも期待してるから見るでしょ。ラーメン食べたいから行くでしょ。

 

そのことに対して一個人が「あの人モデルとしては美しいけど、私服まじでダサいから勘弁してくれ」「ラーメンはおいしいのに政治的発言するから台無し」って言うことは、別に全然問題ないんじゃないの。

 

たぶんその程度のお話だったのに、結果として炎上しちゃって、でも津田さんは普通に「論議」ってゆうか「お話」をしたかっただけで悪気はなかったと感じたし、

それなのに周囲のフォロワーが「お前が黙れ」とか攻撃的な言葉を見知らぬ誰かになんの悪気もなく向けてるとしたら、それはほんと怖い。

 

言葉は人をつくるから、攻撃的な言葉は攻撃的な人をつくるし、ネット上でも平気で言葉で人を罵る人は、そういう状況にどんどん慣れていくんじゃないか…という不安を感じたまとめでした。

 

 

ちなみに私は「性善説」の支持者で、It's a small worldみたいに、人はみんな心から平和で幸せな生活を望んでいるものだと信じて疑ってないし、

一国民として世界中の平和を心から望んで愛してることに変わりはなく、

そしてそれはたぶん、おそらく、いや絶対に総理や多くの政治家もそうなわけで、みんな大きな幸せのために、それぞれがいろんな活動を送っていると思うわけです。

 

できれば地球全体が、だけどそれは自分一人の力では難しいからとりあえず日本、日本国内の幸せを守ろうってことでみんな憲法9条を大切にして「永遠に2度と戦争はしません」ってことをみんなで言いつづけてきたわけなんだけど、

 

だけど戦争から70年たって、いろんなことが変わっていく中で、私が根本として思うのは国家や環境が変わったとしても、そもそも人はあんまり成熟なんてしないってこと。

 

だからそんなことはありえないかもしれないけど、例えばどっかの国に攻撃されたとして、それは嘘じゃなくてほんとに攻撃されて、東京の人が1万人くらいいきなり死んだとする。

 

その中には自分の家族や大事な友達とかがいて、混乱と悲しみに暮れてる中で、無理やり一般の人を人質にとられたり、ひどい暴行を加えられたりしていて、その様子がユーチューブにあげられてるとしたら。

首切られたり、足とられたり、檻にいれられて火をつけられたりして、武装した集団にそんなことされてる現状が、いきなりこの平和な我が国で起こったとして、

 

そんなの見せられたとしても「いや、それでも、わたしたち戦争しないんで…」ってことになるのか?自分の大切な人に何かがあっても?

 

私だったら国にお願い何とかして欲しいって思うし、周りの国にもなんとかしてよって思うと思う。

 

そして安保条約なんかで協定結んでるアメリカの兵士が日々わたしたちの家族を守るために銃をもったり日本人を殺して傷つけてるやつと戦って死んでいるとしたら、「おい、自衛隊、あんたたちもなんとかしろ」ときっと思うだろう。

 

そしてまたその自衛隊が傷つけられて、傷つけ傷つけられの憎しみの連鎖で何も生まれないから戦争反対だって平和な今は思っていても、それでもそのときなったら「国を守って」と思うと思う。

 

家族が 殺されてもいいから戦争反対だよって言えない、たぶん。

 

 

平和を望む気持ちがみんな同じなんだとしたら、だったら私たちが日本人としてとるべき態度はなんなのか、なんだか誰も示してくれない。

 

そういう国際社会の一員として、アジアのリーダーのような立場というか顔として過ごすためには何が必要なのか、よくわからない。

 

何かを守るためには強くなくちゃいけないんだってのはヒーローがよく口にしてるセリフだけど、「戦争はしたくないけどもし攻撃されたら守って欲しい、平和が大切だから誰も殺したくないけど殺されるのも嫌。」って、やっぱりちょっと立場ないよなぁって思う。

 

もしものとき助けてもらるために「はい、うちはお金だします」って、出さないよりはいいけどさ、でもね、それは「軍事的な援助」ではないですからってそんなセコイ言い訳あるか、って感じ。

 

今は「わたしたち9条ありますしね、戦争なんてしませんよ」って丸裸になって笑顔で立ってるけど、その後ろにはめっちゃ武装してるアーミーが警備の見回りしてくれてて、その警備にお金渡してる構図というか。いざとなったら戦力外注ってことかな?

 

 

本当に戦争をしたくないし誰も殺したくない、平和のために笑顔で殺してください、それでいいんだよって感じのほんとの丸裸で生きるにはもっと私たちに覚悟が必要だし、

 

丸裸で生きて行くためには何が必要で、どんなことが起こり得るのか、領土とかとられたりほんとにありえるのか、

国際社会のなかでアメニモマケズみたいな感じ?で生きていくことになるのか、そういうの知りたい。

 

 

自分で考えなくちゃいけないんだろうけど、専門的知識がある人って誰なもかもよくわからない。政治家?官僚??

 

国際社会のなかで、自分たちがこれからどうしていきたいのか、平和を守るってどういうことなのか、いまの国際社会ってゆうか東アジアの様子ってほんとのところどういう方向に進んでるのか、誰か知ってる人いたら教えて欲しい。

 

民意ってなにかね?という最近。

政権握ってるのか自民だし、選挙で選ばれてるんだからそれが民意っちゃ民意なんだろうけど…

 

 

戦争反対とか、戦争法案とか、あべしねとかあべやめろとか、ちょっと、はいはい、わかったよ、わかったからさ、ちょっとみんなで考えようよって思った今日でした。

 

 

参考までに。永世中立国という立場を守るための覚悟ってこういうことですよね。

んじゃ逆の意味で同じことやるっていえば、何度侵略されても構わない、だって平和主義だからってそういうことになるんじゃないの。

 

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