Many and Very

いつ死んでもいいように、なるべくがんばって生きたいだけ。

中途半端に

毎日ブログ更新しようと途中まで書いてるんだけど、

 

なんせこの時間に次男がちょこっと覚醒するため途中で寝室に行っては寝落ちする、ということを繰り返してます。

 

さぁ。今夜はどうか。

こんばんわ、私です。

 

 

2歳の息子の絵本が増えて、小さなカラーボックス1個の絵本棚に収まり切らなくなってきたので、絵本のためのバッグを購入しようか心から悩んでいた。

 

常に何かを買おうと悩んでいる、それは私。

 

 

BOOK TOTE SMALL - TEMBEA

 

テンベアのブックトートはとてもかわいい。

ものすごくかわいい。

こんなの絵本入っていたらかわいい。

絵本が必要なくなっても、図書館から借りて着たよみかけの本を入れたり、車の中の物入れに使用したり、玄関でスリッパ入れに使用したりと色々と使用方法もありそうだし、なによりかわいい

 

けど、まぁ、例により高いんですわ、これ。

 

一万円。

 

いまの私に本を入れるためのトートバックに一万円が払えるか。払っていいのか。

 

お前、そんな金もってないだろう、と頭の隅の私が夜な夜な囁き、

 

今日意を決して諦めた。

 

私にしては賢い選択だと思う。

 

そうしてニトリのカゴをかいました。

 

そうしたらそれがけっこういい感じ。大きさも、あ、長男が起きた・・・

 

 

また今度、とほほ

 

 

 

 

冬ですか

あ、もう11月か・・・・

 

カレンダーを見ていて思った。

 

 

北海道はそろそろ冬が来たようで、最近の日中の最高気温も15度程度、最低気温は5度以下だ。

 

さみぃ〜

まじさみぃ〜と言いながら紅葉でにぎやかな色になった道を息子と手を繋ぎながら歩く

 

公園で遊ぶ子ども達も寒いようで、すぐ抱っこしてと言うし、すぐにおうち帰るとどうにも乗り気では無い様子。

 

あんなにお外ばっかりいってたのに、今は全然、ほんとにぜんぜん、お外に行きたいって言わなくなってしまった。

 

私の母は「またそのうち言うようになるって」と言ってたけど、

毎日3時間以上もお外で遊ぶ生活はまじでしんどかったけど、いざいざそれがなくなるとやっぱり寂しいような。結局のところ、贅沢な悩みってことですね。

 

 

家のなかで息子は電車を走らせたり、車をはしらせたり、カーズやニモやトーマスのDVDを見たり、シールを貼りまくったり、クレヨンでぐちゃぐちゃ書いたりしています。

 

そういう時間も大事にしたいんだけど、家にいると自分がだれた気分になってすぐに眠くなってくるし、むにゃむにゃ眠い、お母さんはまじで眠い、もうダメだなんて言ってゴロゴロしていると「あぼぼ〜、かーしゃ、あぼぼ〜〜」と可愛い様子で私を起こしにやってきて、

 

なんせ眠いんで、

「ちょっと眠い、おかーしゃは眠い、ちーくんも寝よう、ほらねんね、ねんねよ〜〜」なんて言って嫌がられている。

 

そんなんでダラダラしてるしおやつも食べてるんで、大樹が2キロくらい戻らない。

もうすぐ5ヶ月だってのに戻らない。体型も戻らない。

お腹はえっと、あたし、まさかまさかだけど妊娠してないよね?なんかお腹出て来たんだけど・・・?というくらい出ている。

 

そろそろ本気でダイエットしないとなぁと思ってる最近です。

 

なんでもない夜。

ずっと毎週楽しみにみてきた真田丸がついにクライマックスで毎週ハラハラする。

 

日本史、もっともっとしっかりと授業きいておけば楽しかったのかなぁ。

 

大人になってもっと楽しく授業ききたかったって思うことは多いんだけど、だからといっていま高校生に戻ったところで、興味はもつのかは不明。

 

 

あ、次男おきた。

おやすみなさい。

 

 

言葉の向こう側

昔まだうちの兄がアメリカに住んでたとき、

「こっちの人は英語話せない人のこと足りない人と思ってるから」みたいなこと言っていて、なんとアメリカ人は最低だなぁと思った。

 

そうしてそれから何年かして、私がヨーロッパとアメリカへの旅行に出かけたとき、

その先々でなるほど英語もしくはそこの国の言語を話せない人はどうやら思考も足りて無い人、というか理解しあえない人と認識されてるらしいな、というふうに感じる扱いをうけたことが何度かあった。

 

でもその時の自分は完全に英語は人と仲良くなったりコミュニケーションをとったり何かについて議論したりするものではなく、

日常生活で必要の会話や、旅行に関して必要な単語や意味だけを認識して理解できていればよかったので、たとえ英語が理解できないことによるそのような体験があったとしてもどうでもよかった。片言の英語を、めんどくさそうに対応されることに少し傷つくことはあっても、だからといって相手に腹を立てたりするようなことではなかった。

 

ある時旅行中に、片言しか話せない私が、ユースで同じ部屋だったカナダ出身の女の子とオーストリアのハルシュタットに行って湖のほとりで迷子になりかけたとき、偶然居合わせた日本人の個人ツアー客に助けてもらったんだけど、

そのとき日本人と日本語をペラペラと話し、トラブルから救ってもらえるように対処する私を見て彼女はとてもとても驚いた顔をしていいて、「え、この人こんなに話せたの?全然話してなかったのに」と書いてあるみたいだった。

 

 

 

なるほど、人は、話したり口にすることだけを考えたり思ってたりするんじゃないのか・・・・。

 

当然だ。だけど改めて思うと違う視界になっていた。

 

 

言葉にすることができない思いを、言葉にできないから飲み込んでいるのに、

見てるこっちは口にしない思いについて瞬間的に考えるのはけっこう難しい。

 

もしかしたら考えてなくて口にしないことなんてほとんどなくて、

どうやって表現したら、言葉にしたらいいのかが分からなくて、表現したいけど何らかの理由でそれができないから口にしないことのほうがずっとずっと多いのかもしれない。

 

 

 

何を急にあんたって、

 

最近息子の口数がぐぐっと増えて、

いろんなことを自分から話したり、私についての質問をしてくれるようになったのを見て、「へぇ〜!今までそんなこと思ってたんだ!!言葉にできるようになったんだなぁ、今までもきっと、何も言わなかったけどそう思ってたんだなぁ」ってことがよくあるので、

そのときの息子の心境を察するに、

英語でなんて言うのか分からなかったから飲み込んでたけど、あのとき本当はもっとこうしたかったし、実はこんなことを思っていたんだよって心の中の私と重なったよって話です。

 

 

加えて最近読んだ雑誌の育児相談コーナーに「子どもにはできるだけなぜ?という質問をしないようにしましょう、なぜ?という質問に対して上手に答えるのはかなり高度の質問です、なにか起こった時になぜそうしたのか?と尋ねられると責められたような気持ちになり、なかなか本音を言いだせません、なるべくなぜそうしたかをいつ、どこで、何を、どうしたのかという質問から汲み取れるような会話になるように気をつけてみましょう」みたいなことがちょっとうろ覚えなんだけど書いてあり、

 

そうかそうか、なるほどね、ふむふむ、と思ったのもあります。

 

 

 

日常生活に必要なことを話すのは案外簡単。私の極めて未熟で極めて適当な英語のように。

 

だけど、自分で考えたこと、気持ちを口にしたりすることは、意識してみるとずっとずっと難しいんだなぁ、ってことを思った最近の出来事。

 

言わないからって何も考えてないって思ってしまうのだけは気をつけよ。

 

 

 

ひとつ言葉を覚えると、ひとつ子どもたちは私から手が離れていく。

 

失礼にも読んだ本も作者の名前を忘れちゃったけど、心がけていきたいです。

 

 

もしかしたら認知症でもう何にも覚えてないおばあちゃんも、話すことが難しくなったけど、心では違うことを思ってるのかもしれないよね、

 

 

さて

おやすみなさい。

 

ファッションの独り言

夫の運転で遠出のお出かけするときは、コンビニに降りたりちょこっと買い物したいときにいつものオムツやら着替えやらウェットティッシュやら飲み物やらごちゃごちゃと入ってるリュックとは別に、

 

昔ローズバッドで購入した巾着型のポシェットを使っていたんだけど、その紐もボロボロだ。

 

昔は小さいバッグが好きで、巾着型の小さいバッグとかハンドバッグとかをよく使ってたんだけど、母親になってみればハンドバッグほど役に立たないものはない。

 

邪魔だし入らないし高いし、子育てにおいてのいいところはほぼ無いと言っていい。

 

 

だけど出先ではまたちょっと用途は異なる。

 

貴重品だけ出しておきたいときがなかなかの頻度であるし、でかいリュックをいちいちしたからかき分けて財布を取り出すのは時間もかかるし、なんとなくどうしてか惨めな気分になるときもあるし、

 

クラッチバッグ的な気軽さと気分でバッグを持ちたいときもあるのだ。

 

 

ということでどうしよっかなぁ〜とちまちまいつものようにゾゾったりバイマったりしtる私です。眠いんだけど諦めたくはないって思う自分。

 

 

「所帯染みた」という言葉がある。

はっきり言って恐ろしい。

 

私は所帯染みることに怯えているのだ。

 

ことバンクによれば、所帯染みるという言葉の意味は「考え方、態度などが、所帯持ち特有の生活臭を帯びて、はつらつとした感じがなくなる。」と書いてあり、

 

調べながら、あぁそうそう、そうそうそうそう、そうなるのがほんとに嫌なのと思い、先日イオンのおもちゃ売り場で、

 

子どものおもちゃ遊びコーナーを2歩くらい下がったところでじっと待つ母親、私を含めて4名いたけど、

 

その4名はほとんど同じような格好をしていたことを思い出した。

 

洗いやすいコットン素材の服に、汚れたりシミになっても惜しく無い値段のもので、首にぶらさがられたり服のなかに頭や足や手をつっこまれたりしてもそうそうひどいことにならなそうな形で、

 

おそらく同じような道具がはいっていそうな大きなカバン、

 

走り出したこどもを捕まえられるようにいつでも走れて運転しやすい靴、

 

ボサボサ隠しのニット帽子、ジーパンやチノパン、体温調整しやすいパーカー、子供がねたときには布団代わりにもなったりして、

 

そういうのは幼子を抱える母親のユニフォームと言っていい。

 

 でもその子育てのユニフォームそのものが所帯じみてるってわけじゃなくて、要は「わりと綺麗にしてたい」って気持ちをなくしたときからそれが自分の体にじんわりとにじむんじゃないか。

 

支援センターでおしゃべりするママ友はほとんど同じスタイルで、

それは毎日楽で効率的で経済的だからみんなそっちの方向に行くわけで、

それは山登りの人がヒールはいてないし、ひらひらのカットソー着てないのと同じことで、

 

もちろん私もそっちの方面になんならスキップしたくらいにして進んでるんだけども、

ちょっと一瞬くらい、クラッチバッグの気持ちになりたいときもあり、

 登山してたってかわいいものは身につけたいわけで、

 

だから何って、

 

つまり、欲しいと思ってるのはセリーヌのトリオです

 

服や小物はただの単価ではなく、そのものを何回使えるのかじっくり考え、その上で一回の値段はいくらいになるのかを考えるといいと言う。

 

トリオはだいたい10万円。

高い。

無職ってゆうかふつうの専業主婦には辛い値段だ。

働いてたらボーナスで決心して買う値段だ。

 

だけどドライブのたびに持ち出して、それに加えてあの形なら子ども達が小学校に入学する際の持っていくカバンにも使えそうである。

 

そのようなフォーマルの場に行くときはみんなキャンバストートというわけにはいくまい。

結婚式御用達のクラッチバッグというわけにもいかないし、最近ちょっと流行してるルイヴィトンのスピーディーみたいなバッグについてもイマイチであろう。

 

最近の授業参観はみなさんカジュアルでジーンズなどもOKという話をきいたことがあるけど、まさかジーパンにリュックサックって感じでもないだろうし、

 

そうかんがえると、子育て中にはいまいち必要性もないオシャレバッグだけども、黒だったらけっこう使えるのかもねぇなんて感じで検討中です。

 

来年の誕生日までに買えるといいなぁ〜、えへん。

 

 

ママ友に「ちょっと財布と携帯とハンカチくらい入るカバン欲しいんだけどオススメない?」と聞いてみると、

 

「グレゴリーのウエストポーチは前でも後ろでもしょえて、腰につけたら子どもを抱っこするときすごく楽みたいよ、インスタで見た」と教えてくれたので、

 

「あら、それならH氏いまでもよくそのバッグ使ってるから借りてみようかなぁ、でもさ、あたしさ、なんつーかもっとオシャレ感求めたいんだわ」というと

 

「えっ、あなた乳幼児の男の子ふたりの母なのに、まだそんなこといってるわけ?」と言って笑われたので、

 

「そうだよ、そこは捨てきれないところなんだってば」と答えておいた。

 

 

 

あと雑誌とか見てると冬でもカプリ丈のズボンって出てるけど、あれって誰が着るのかなぁ。

あの足でてる部分って寒いよね?北海道じゃまじでその部分冷たい通り越してかゆくなるからそのズボンは無理だわ〜と思いながら見てます。

 

カーティガンもフラットシューズもとっくのまに適温は過ぎ去った。日中は15度、よるは5度だって。

 

もう冬は毎日ユニクロのカシミアセーターとジーンズでいいわ。ほんと毎日それでいい。

 

 

さて、寝よ。おやすみなさい。独り言でした。

 

 

 

誰でもない自分

千葉から友人が帰省していたので、いつものメンバーで夜外出するとのお知らせがあり、

「私は無理だ〜〜〜」と返信したけど、まて、ちょっとまて、

 

逆に夜遅くならいける!!!!

 

ってことで、息子2名が就寝後に参加してきました。

 

 

 

家を出て、子どものおむつやタオルや着替えが入ってるいつものバッグじゃなく、いつだってドロドロのスニーカーじゃない綺麗な靴を履いて、

 

母親でもなく、妻でもなく、誰でもないふつうの私に戻ったのは久しぶりの感じがした。

 

 

最近子連れが見慣れすぎてた友人も、一人の昔からずっと知ってる友人で、

 

何もかもを離れてもとのあたしたちで会う時間って、けっこう大切だよなぁって帰宅する車のなかで思った。

 

 

狭い範囲の自分の社会、子どもや家庭のことしかない話題、

そういう日常から抜け出すのは、まるで水泳中の息継ぎのようで

 

最近のギスギスしている心が少しすっきりしたのが実感できたし、また明日からがんばろうと思えた。

 

 

最近とくに気持ちが疲れていたので、

本人の気持ちはおいておいて、私から見てH氏がいつも変わらずに自由にしていることが心から羨ましいし妬ましいしはらを立てていたけど、

 

あと10年後、息子二人が大人になったとき、釣りや山登り、キャンプや映画、写真や旅行、ほかにもたくさんいろんなことを知ってる彼は、実に息子たちにとっては楽しい存在だろうってことを友人たちと話していて、たしかにそう考えると心のモヤモヤが鎮火したような気がした。

 

 

誰でもない自分に戻る時間

 

母であって妻であるけど、あたしはあたしでしょーもない存在であることを、自分でしっかりと可愛がってあげようと思った。

 

 

 

 

女性のやりかた

イライラがたまってひどく惨めな気分になったので、友人に電話で話を聞いてもらった。

 

何回こういう深夜の電話でイライラをぶちまけたかわからんってほど話を聞いてもらってる。

 

「あーだ!こーだ!!!」と両手に抱えてる爆弾の火薬に水をかけてもらうために話しまくり、今は大分気分が落ち着いてブログ更新中。

 

女は女の気持ちがわかるし、男には女の気持ちはわからん。

男には男の気持ちがわかるだろうし、女には男の気持ちはわからん。

 

先日動物園に行って猿山を見た。

猿山にはたくさんの猿山がいて、ちいちゃい赤ちゃんの猿もたくさんいた。

ちいちゃい赤ちゃん猿はお母さんにしっかりしがみついておっぱいを飲んだり、お母さんのあとを必死でついてまわったり、お母さんを探したりして実にかわいい様子であり、またそれを無言で受け入れている母猿に対しても自分の現状と重なって思うことが色々とあり、猿山の牝猿に共感できた。

 

雄猿はボリボリと体を掻いたり、ゴロゴロと寝転んだり、なにかをモソモソと食べていたり、メスに後尾を求めて拒否されたりして、ほんとどうしようもないねという有様だった。

 

猿山の猿を見て、これ見てると子育てってまじで女の仕事なんだわ、それはもうどうやっても揺るがないんだわ、と思った。

 

 

太鼓の昔、わたしたちのずっと前の猿だか人間だか曖昧だったような昔、

槍を持って男衆が狩りにでかけ、女たちは穴倉や縄張りにこもって集団で子育てをしたり生活の基礎を整えたりしていて、

だから男よりも対人のコミュニケーション力がすぐれているって何かで読んだけど、

 

女が女の気持ちがわかるのはそうするべき理由があったからで、

 

例えばいま、母や祖母、村にいる何人もの女たちのコミュニティでみんなで集まって子育てをしていたとしたら、

子育てについての本能が備わってない男に睨みをきかせてやってもらう(というよりもやらせる)ことなく、コミュニティが運営できるんだとしたら、そうすればきっと、今よりもずっとずっと楽なんじゃないかって考えた。

 

 

子どもを見てると、小さな頃から子どもは子ども同士で遊ぶのが楽しい様子だし、あたしは動物である以上、人には今でもそういう習性が色濃く残っているんだとしたら、

 

猿山みたいな大きな単位で、みんなで生活しながら子育てしていくのは、きっと生命としては正しいあり方なんだろう。

 

 

さて、今日は子どもが寝た後に一人で立ち読みしたりお茶飲んだりリフレッシュしました。

 

夫がいないと私がわたしでいられないけど、それと同等に女友達がいないとまた、私が私でいられることもない。

 

疲れてるけど、明日からまたがんばろう。

 

 

おやすみなさい

 

 

 

迷えるNIGHT

めぇ〜〜〜〜〜

 

めぇ〜〜〜〜〜

 

 

あらっ

 

羊の声がする・・・・・

 

めぇ〜〜〜〜

めぇめぇ〜〜〜〜

 

なんだかとっても悲しい声・・・・・

 

 

めぇぇぇぇ・・・・

 

 

えっ、

これってもしかして、あの迷える子羊・・・・?

 

 

めぇ(はい)、それは私のことです、ボナセーラ

 

 

 

次男が生まれてからというもの、長男に手を焼いており、これが成長によるものなのか、次男が生まれたことによる影響なのかは手探りでぐりぐりさぐりながら4ヶ月、

 

そう、次男は本日で生まれて4ヶ月になりました。おめでとう。100日から2週間もブログ放置してたのね、あたしったら。

 

 

最近長男がゆびしゃぶり?というか指を口に入れてベロベロとなめており、おもちゃも口に入れてなめたり噛んだりしており、トミカトーマスシリーズのコネクター部分は歯型でぐちぐちになって連結しなくなっており、

ついでにたまに爪も噛んだりしていることもあり、

 

あれっ、なにこれ、もしかして愛情不足のサインってやつ??

まじ?フルパワーで愛情充電してるつもりだったけど、まだ不足してるってゆうわけ??まじで?うそでしょ、もうしぼっても1滴もでてこないところまで来てるんだけどまじでまじですか???って感じの最近です。

 

「2歳の男の子が夜中に寝ぼけて泣いたり走り回ったりする、下の子が生まれてから右といえば左、左といえば右、という感じで言うことを聞かなくなってしまった。どうすればいいのでしょうか?という相談が来ました」

 

 

って子羊のあたしが愛読してる育児本(読み直し)のお悩み相談例に書かれて自分のことかと思った。

 

長男も次男がベッドに乗っているとわざとベッドの上を飛んだり跳ねたり乗っかったりと激しく、やめてと言ったらさらにやるし、

週に3回か4回は5分程度の夜泣きしてるし、

おやすみするからお片づけしようと声をかけるとおもちゃ箱を丁寧にぜんぶひっくり返して本棚まで荒らす始末、

 

夫は横で「次男が生まれたことこそがストレスなんだろうからどうしようもないって、だからもうちょっと年齢離したほうがよかったんじゃないの、甘やかしすぎなんじゃないの」なんて、まるでネットの書き込みのような魂が半分抜けそうになるくらい腹たつコメントを寄せてくるし、

 

なんだかけっこう辛くなり

 

食事の準備中も、掃除中も、出かける前だって、抱っこといったら抱っこ、絵本と言ったら絵本、お外と言ったらお外、できるだけ手を止めて、ちょっとの要望に応えるようにかかわってきたつもりだけど

 

 

くっ・・・・

 

まだ足りんとか・・・・・と崖っぷちに立たされてる気分です。

 

 

崖っぷちに立たされていると私は買い物がしたくなる

横浜に行きたい、東京に行きたい、ひとりで行きたい、1日でいい、1日でいいから・・・・

 

でも普通にいまは無理です

 

 

じゃあなんか欲しくなってきた、なんか欲しい、なんか買いたい、なんか買ってスッキリしたい、

 

でももうそんな贅沢してるお金ないし、去年からバイトしてないから自由に買い物できるお小遣い消失してるんだもん、

 

エルメスのキーホルダー欲しい、お財布新しくしたい、ブーツも買いたい、家具も欲しい、もうお小遣い欲しいから働きたいっ

 

 

って感じになって、4月からの保育園のこととか保育料のことを夜な夜な検索したりしてました。

 

あっ、まだ書きたいこと書いてないのに次男が起きた、がーん

 

 

という日常です、さて、おやすみなさい