Many and Very

いつ死んでもいいように、なるべくがんばって生きたいだけ。

手足

先日ニットのレギンスを買おうと思いたち、ZOZOの靴下屋で13分丈というグレーのやつを一枚買った。

 

想像通り10分丈でピッタリでした。

 

私は人よりも1.3倍くらい足が長いのである。

 

いや、それはほんと、自慢とかじゃなくてただの事実なんですが、足だけは長いんですよ、わたし。あとは手も長い。

つまり手足が長い、ということである。

 

手足が長いと言うと聞こえはいいが、長いのは手足だけで、顔もデカいし、ウエストも胸も尻もないので、土管にデカめの顔と、長めの手足がついたような体型と想像してほしい。

 

私の股下は確か84cmで、昔調べた限りでは足の長さは藤原紀香と同じであったはずだけど、

しかし今このブログを更新するにあたり調べたところ、藤原紀香の股下は88cmとあり、私の84cmは及ばない。そうなんだ。改めよう。

 

今のところ長男の足は長そうだけど、次男の足は短足そうである。次男については顔がわたしにそっくりなので、せめて体型だけは似てほしいと思っていたけど、今のところ期待は薄そうだ。残るは性格だけ。そここそ良い男に育っていてほしい。

 

何って別にそれだけなんですけど、今年はその13分丈のレギンスをワンピに合わせてかわいく着用したいです。おやすみなさい。

 

 

永遠、それって

小さい頃に母から買ってもらった絵本は大量で収めてもなかなか収まりきらないほど大量にあった

 

はずなんだけど、従兄弟たちの間を転々としている間に行方不明になっていた。

 

先日祖母と叔母の家、つまりは母の実家から大量に発掘されて本日うちに連れてきました。

 

何度も何度も繰り返し読んでもらったもう友だちみたいな絵本たち。

 

想像よりもすごい量だった。とりあえず1/4くらい持ち帰ることに。

 

息子たちも新しい絵本が導入されてテンションぶち上がり、手洗うのもジャンバー脱ぐ(今日の気温は9度、さむ)のも歯磨きも全部スキップして読んで読んでと訴えていた。

 

そうかそうか、そんなに楽しみか、わかるぞ、母も一日中ゲームオブスローンズのこと考えてますからね、そういうエンターテイメントに出会うの楽しいよね、と思いながら用事をすませて寝る前に読んだ。

 

 

大人になって読み返すと、自分が記憶に残って大好きだった絵本がいかに完成されて完ぺきな絵本だったのかよく分かる。  

 

 

ところで先日ひどい風邪をひいて声が出なかったんだけど、それでもヒイヒイと聞きにくい声で夫と話したことなんですが、

 

高校生くらいのときに齋藤孝先生の声に出して読む日本語という本が大流行して、

 

私は高校生くらいのときはよく読書していた子どもで、勉強はしなかったけど毎日毎日何らかの本(漫画も含む)を読みまくっていた。

 

そんな中でちびまる子と齋藤孝先生がコラボしたこども向けの声に出して読む日本語に、山頭火ランボー川端康成梶井基次郎夏目漱石福沢諭吉ニーチェから寿限無、などなどの作家の紹介と有名な一文、そしてその解説がのっており、

 

それがらおもしろくてその本を暗記するまで何度も読んだ。

 

その本の中で齋藤孝先生は、なにかの文、たとえばランボーのまた見つかった、何が、永遠が、海と溶け合う太陽が、という詩を覚えるということは、

 

あなたが海と溶け合う太陽を見たときに、永遠だ、ランボーだと思い出して、その作家とつながる瞬間をもてるということは実に素晴らしいことだ、みたいなことが書いてあった。

 

読んだときは分からなかったけど、そのことについては今も強く感じる。

 

海と溶け合う太陽を見ればランボーを思い出すし、ひとりで咳でもすれは尾崎放哉を思い出すし、夏の日白いカーテンが風で揺れるのを見るとグレートギャツビーを思い出す。

 

小説でも漫画でもアニメでも映画でもいいから、

ふと、自分の住んでる世界から一瞬で誰かが作った世界とつながる経験があるということは、もしかしたら自分がふだん意識している以上にステキなことなんじゃないか、というような、ことをかすれた声で夫に語った。

 

夫はふんふんと聞いて、うん、わかるよ、わかる、それはほんと大事だよな、と言っていた。

 

何突然て、息子たちにも繰り返し繰り返し読んだ絵本が、大人になっても現実とつながる瞬間や、その土台になってるとしたらいいな、と思ったということです。そんだけ。

 

さて。ゲームオブスローンズの時間だ。

 

昨日は子どもたちと寝落ちしたため見れず。なんて日だ、と朝起きてまず思ったこと。

 

 

昼寝坊

スマホやケータイからブログ更新するのは不本意とか思ってたんだけど、こうもパソコンに座る機会がないとなると、もうこうするしかない。

 

スマホからブログ更新することにしてみました。

 

ホリエモンスマホでもパソコン同様の速さで入力できると呟いてたし、もしかしたらそれも慣れかもしれない。  

 

なので誤字があってもそれはスマホのせいです。私のせいではない。

 

今日はひさびさに仕事もなくて子どもたちもそれぞれの園に行ってたという楽園っぷりで、

2時半に長男がバスで帰宅するからそれまで昼寝しよう、それまでには自然に目がさめるだろうと12時に布団に入り、

 

ピンポンというチャイムの音で飛び起きると幼稚園のバスの先生が玄関の前に立っていた。

 

あまりのことで混乱してコンタクトが張り付いて開かない瞼をしぱしぱさせ、明らかに寝起きでどうしようもない姿をできるだけ誤魔化そうとしながらヨロヨロと、すみませえん、ありがとうござましたあ、と掠れた声で見送った。

 

 

なんかそれだけで疲れたので、夜は王将の餃子。

お義父さんがたったタラがあったので三平汁を作って夫を待っていたら、ホタテの稚貝と立派なアスパラを手に帰宅。

 

せっかくだからアスパラを茹でて稚貝も酒蒸しにして、意に反してなんだか豪華な食卓になった。

子どもたちは寝るのが遅くなりグズグズとケンカ勃発。やはり7時半くらいに布団に入ると夜が平和である。

 

 

やっと春です、北海道

我が家のマックが入院してしばらくパソコンのない生活が続き、めっきりこの席に座ることもなくなってしまったのが1か月前。

 

みなさん、おげんきですか、私はもちろん元気です。

 

極東にもやっと春らしい春がきて、コートのいらない季節が来ました。はやく半袖で来たい。

 

相変わらず最高な感じで毎日をすごしてますが、ゴールデンウィークの最期に引いた風邪がまだ長びいてのどが痛い。子どもたちは元気です。何より。

The NEW

最近わたしに変化がありました。

 

 

先日カフカヤマモトさんの新刊を立ち読みしていて、ふととなりに平積みしてあったこちらの本をちょっと読んだ。

 

母がしんどい (中経☆コミックス)
 

 田房さんはいま私が月購読してる有料マガジンサイトCakesで毒親育ちの漫画を連載中で少し読んだことがあったのでついでに、という感じで。

 

毒親に育てられた田房さんは、ふと編み物をしてみたいな〜〜なんてなんとなく思って、

しかしながら以前にもそういう気持ちになって毛糸を買ったけど途中でやめた過去があり、

また毛糸なんて買ったら、その時のパートナーに「そんなのどうせ失敗する」とか「趣味が悪い」とかなんとか言われて、やる前から挫折したような気持ちになるんだけど、

 

でももうパートナーとは別れていたし、別に途中でやめてもいいやぁみたいな感情で気軽に取り組んだら、初めてひとつ作品を最後まで作れて感動し、

 

そのことを通して、そうか、別に初めても途中でやめてもいいんだ、自分の好きなことを自分の好きなタイミングで、自分の好きなようにやっても誰に何か言われる権利なんてないんだ、ってことに気づいた、という話がとても印象的だった。

 

私も何かやりたいとか、何かをやろうと思った時に周囲からいろんなことを言われる。

 

主に夫。

夫のことは愛してるが、夫のものさしや世界観で私のやるべきことややらなくちゃいけないことが決められているんだとしたら窮屈で吐き気がする。

 

何かやりたい、やってみたい、やめなよ、どうせ途中でやめるんだから、

これやってみようかな、やめたほうがいいんじゃないのくだらないし、

 

何度言われたかわからない。

 

私はその都度「なんでやったこともないあんたにそんなこと言われなくちゃいけないのよ、やるのはわたしなの、あんたじゃないの、あほくさ、モラハラ、最低」なんて倍返しにしてやったつもりだが、当の本人には私が放った言葉の暴力は負け惜しみくらいにしか聞こえてないようだった。

 

そう言われると士気も下がる。

ホリエモンくらいになると「バカはほっとけ」的な感じで自分の道をただひたすらやり通すんだろうけど、普通の精神だと「もういいわ」みたいになってしまうことも多くないのだった。

 

そうしてそんな感じで立ち読みから帰宅し、子どもたちと遊んで過ごしているある日、

 

ふと、ころころスロープ作ってみよ、私にもできるかも、と思い立った。

 

NEW くみくみスロープ (リニューアル)

NEW くみくみスロープ (リニューアル)

 

 去年のクリスマスにサンタが息子にプレゼントしてくれたやつだが、玉転がすのは楽しいけど、設備を作るのがとても大変で難しい。

 

説明書をみながら一生懸命つくるんだけど、子どもたちにあっち壊されこっち壊されそういうストレスもかなりたまるし、

どっちがどっち向きなのか、どっちをどうすればいいのか考えることが多くて、いつもつくってとせがまれても「お母さん無理だからお父さん帰ってきてからやってもらおう」ということにしていた。

 

当然息子は「お母さんできるの?」なんて面白半分に聞いてくるんだけど、

「お母さん本気でやるわ、だから応援しててね」とか本気で言ってとりくむこと30分。

 

説明書がややこしい。もっとわかりやすく書いてくれよ。

部品がなんか足りない、おい、なんでないんだ、これはどこだよ、

 

なんてやってるうちに、突然強烈に嫌になってきた、もうめっちゃめんどくさい、よくわからんし、何回やっても変なところに玉落ちるし、どうなっとんじゃこれは、

 

はいはい、H氏にまかせよっかな、もういいや・・・・

 

 

 

まて。まてまてまて。まてよ、君、待ちなさい。いつも君、この辺で諦めてるよね?わかってるでしょ?鉄棒時代の逆上がりもここで諦めたからできないまま終了したんだよね?そのあとマット運動もそれがひっかかって不得意だったよね?

なんかさ、最初から自分に期待してないんだよね?できないって初めから決めてるよね?

 

おぉ久しぶりに聞いた、内なるもう一人の私ポリス!!!

 

ふむ、確かに。私ポリスの言う通り、いつもここらへんで諦めてるんだけど、今日はまだきらめない!!やりきる!!もう何がなんでもやる!!めらめら!メラメラ!めらめらだってばこんちくしょう!

 

そんな感じでころころスロープの大回転バージョン(一番でかい)やつは完成し、私は感動した。な〜〜んだ、私にもできた!一度もできたことなかったけど。できた。

 

 

何事もできないことなんてない。できないことはあるかもしれないけど、できなかったとしてもチャレンジしたことは悪いことじゃないんだ。それは本当に紛れもなくそうなんだった。

私が途中でダメだこりゃ、と思ったもの(ABCクッキングのパン作りとラテンパーカッション講習とフェルトマスコット作り)も、やってみた結果ダメだったんだから意義があるじゃないの。

 

 

いろんなことに取り組んでみよう。別に誰にも迷惑かけないんだし、自分でやるんだからいいじゃない。誰かに「やっぱりダメだったね」と言われても無視しよう。その人の小さい器にコインでも入れてあげたらいいじゃないの。

 

 

ということで本日は大量にガーデニングの本とDIYの本とファッションの本を図書館で大量に借りてきて、ホームセンターで木材を切るにはどうしたらいいのかさんざんうろうろして疲れた、という1日でした。

 

 

疲れたのと新たな取り組みで胸をおどらせてる私はさっそく帰宅してすぐのH氏に「あのさ、庭どーする?庭のこと考えてる?あたしね、庭にあじさいとコデマリと白のライラックを植えたいんだけど、どうしようか?どうやってつくる?DIYできるよ?ほら、本借りてきたよ!でもこれさあ〜〜軽トラで土とか一緒に運ばないとできませんよ??」という感じで話だした。

 

H氏は「え、庭って・・?薪棚あるから置けないけどどうすんの?」と怪訝な顔で言われ、

「いや、薪棚のとなりだよ、庭は広いんだからどうにでもなるじゃん、花くらい」という私に、

「そっちは薪のコンテナおくし、庭はトラック入れるようにしておかなくちゃいけないし、動線に花なんか植えるのやめてよ、しかも絶対あんなの自分じゃできないよ、土柔らかいから砂利いれないとダメだし、無理だから、自分たちでは。」なんてことを言われた。

 

え…そうなの…?と、テンションが急降下しだんまりする私に「相変わらず意味わからんこと言ってんなぁ、お母さんは」と追加で息子たちに話しているのが聞こえてきた。

 

…H氏のよくないところは性格だよな・・・と再確認したのであった。いや、分かっている、分かっているのだ。分かっているのだ、いろいろと。

 

むすっとしている私に、まあせっかく借りてきてくれたんだから、読むだけ読むか、とポツリとつぶやいていたが、

やる前から無理だなんて言わない、わたしはどんなときも絶対に、それはタトゥーにして彫ってもいいわ、まじで、なんてことを思った。

 

こんどH氏の小さい器にコインでもいれてやるか。

 

 

まぁそんなことはさておき、夫のくだらないつぶやきはさておき、いろいろ取り組んで行こう、

そして今まであんまり向き合ってこなかったファッションの話は次回。

 

息子たちが起きたんです。くそう、ではおやすみなさい。

 

 

衰え、実感

なんと今年の6月で、北海道に帰ってきて、丸5年だそうで。へぇ〜もうそんなにたったのか。

 

だって30歳だった私が35歳になるんですものその計算あってますね。35-30は5ですもんね、えへん。

 

帰省した当時、ちょっと違う仕事をしてみたくて、イタリアンレストランで働いてました。毎日夜仕事してたけど、本職じゃない仕事は想像以上に楽しくて、バイトが嫌だとかだるいとか思ったことはもちろん一度もないくらいエンジョイしてたんだけども、妊娠したため脱退(イタリアンバールでバンコ内はとても狭い)。

 

それからもそのお店のメンバーとは家族ぐるみで仲良くしてもらってたんだけど、最近まじで人手が不足しているとのことでしたので、1週間楽しくバイトさせてもらいました。本日終了。

 

子供達は保育園や幼稚園や私の母のもとで見てもらっていてありがたや。子どもふたりと家にいると1日がものすーごくながーーーーーいけど、外に出てるとほんとにあっという間。あっという間すぎてビビる。

 

久しぶりの飲食店バイトで、1週間めっちゃめちゃエンジョイして働いてしみじみと思った。

11月から1月にかけて働いてた本職バイトと比べるとなんて楽しくてストレスがたまらない仕事なんだ!!!

 

本職バイトの日給は1万円。朝8時から夕方17時まで。休憩は1時間。そして出勤した瞬間から膨大な量のレポートチェック、技術チェック、カンファレンスにそのほかもろもろ。和やかに談笑する隙間なんてほぼなくて(職種的にもちろん当たり前なんだけど)へっとへとのくしゃくしゃにされた新聞紙みたいな感じで子どもたちのお迎えにいく毎日。

 

 イタリアンのお店の時給は850円だから、10時から15時のランチタイム働かせてもらうと4250円。

ほんと日給が半分でも全然問題ない!!つーか8時間(ほぼ9時間)働いたらほとんど変わらないし、いろんなストレスなんて皆無なのほんと!!!!!!!ほんとハッピー!!!!!!

 

 バイトですらストレスたまる本職の看護師という仕事は、本当にハードだよなぁ。やりがいもどえらいけど、ストレスとか自分の身に帰ってくるものも本当にどえらい。

 

毎日忙しい中働いてる同期、同僚、同級生の働きっぷりにはただただ敬意を表したくなる。毎日えらい。ほんとすごいよ。心から。

 

しかし一方で、ホールスタッフの仕事は実に4年ぶりだったので、想像のはるか上をいくもたつき具合でオーナーも苦笑いであった。もちろん私も苦笑いの上に冷や汗かきました。

 

全然多重業務ができないし、なんつーかキビキビできない・・・

もたついているのが俯瞰してわかる・・・・

視野がせまくなってるのが実感できる・・・

 

もうこりゃ病棟夜勤なんてほんと無理かも・・・・

 

 

これはなんてゆうか、新たな驚きであった。そうか、老化というものはこういうものだったのか。

心では昔の自分がベストにいるから、そのときのスピードでそのときの体力で働けるって思ってるんだけど、いや、違う、ぜんぜん違う!!!

 

「体力がついてかない」ってのは、頭の回転の話じゃなかったかぁ、とほほ、ということを実感した数日間でした。

 

4月からは月に10日くらいの短いバイトが始まるので、体調管理とスケジュール管理をしっかりして今まで以上に予習復習が大切になりそうだな、ほんと、自分を信頼しないで生きて行こう、ということを胸におやすみなさい。

 

 

 

幼児、早寝の徳

さきほど洗濯ものをほしているときにふと思った。

 

友だちの子どもを呼び捨てにするのか愛称づけて呼ぶかってゆうのは、

その親のことを呼び捨てか愛称づけかによるんじゃないか・・・

 

昔からの友人の子供のことは呼び捨てにしてるけどママ友の子どもは割とちゃんや君づけ・・・

 

そうかもそうかもーーーーっっ

大発見!!!!!

 

 

というようなくだらない気づきがあったんですけど、どうですかね?

どうですかって言われてもね・・・

 

 

それはそうと、先日長男の幼稚園と、4月から次男が通うことになる保育園の父母会(説明会)があって参加しました。

 

専業主婦であった「お母さん」たちが、どんどん働き方が変わっていってることとか、まぁへぇぇ、ふぅぅぅん、なんて言うようなお話の中で、

二つの園の先生が同じ話をしているのが印象的だった。

 

 

子どもたちの生活において、いま一番気をつけてお願いしたいことは「生活リズムを

つくる」ということ

 

朝は6時くらいにシャキッと起床し、夜は8時くらい、最高遅くても8時半には絶対寝る。毎日お外で遊ぶことを心がけて、就寝前に早く寝なさいだの片付けしなさいだのと子供のストレスになるような発言はなるべく控えて穏やかな雰囲気や気持ちの中で1日の終わりを迎えてください、というようなこと。

 

まぁここまではその辺の子育て冊子にもチラ見して理解できるくらい繰り返して書いてあると思うんだけど、ハッとしたのはこの先。

 

小さい頃に夜更かしの習慣がついた子どもは、中学生や高校生になると夜更かしの習慣がぬけず、なんとなく日中に活気がなくて理由もなく学校を休んだり不登校になったりする。特に理由はなく不登校になる生徒が一定数あるというのはよく聞く話、

 

仕事をしてる家族の中で、子供達が正しい生活リズムを確立することの難しさや大変さは本当によくわかる、

だけども、大きくなった子どもたちへの一生のプレゼントだと思って、どうか意識して取り組んで欲しい、といった話であった。

 

へぇ〜まさか〜なんの理由もないってそんなわけないでしょ、ねぇ、なんかは理由あるんじゃないのぉ、家庭のこととかさ、友達とか、だってな〜んも理由ないって・・・てぼけっと話を聞いてて、あれ?でも?中学生になってなんの理由もなく活気ないって・・・なんか心当たりあるけど・・・

 

それあたしじゃん・・・・・・

 

 

そうそう、それあたしのことです。

 

 

私は親が小さい頃に離婚していて、母は自営業の仕事上、営業時間が終了した10時から11時に間に家から車で10分程度の場所にあった職場に向かわねばならず、一人で留守番している時期があった。

 

9時くらいに布団に入って、寝落ちするまでは母は一緒に寝てくれているんだけど、起きるといない、それが嫌だから母の仕事が終わるまで布団の中で待っていて、帰ってきてから一緒に寝るということがよくあった。

 

年中から小学生の低学年くらいからそんな日常のリズムだったから、当然夜更かしの習慣は中学や高校生になっても続き、夜中の2時や3時に寝ることがよくあった。

 

夜遅くまで起きてるから日中はだるくて常に眠いし、授業は寝てるし、勉強もできたし体育もできたし友達もいたし家庭はある程度裕福だったし親との関係も良好だったけど、

とにかく夜更かしで、よく保健室に行って寝てたし学校も休んでいた。

 

 

うん、大学に入ってからも社会人になってからもずっと同じ、やっと子どもを産んで子どもたちのリズムに合わせて早寝するようになったけど、

確かにずっとそれが原因でいろんなことが起こっていたように思うし、あれさえ確立していたらもしかしたら違う結果になったかもしれない、と思うようなことはよくある。いや、何度やり直してもそのままだったかもしれないけど。

 

 

母親だってシングルマザーで必死に子育てしていたんだと思うし、生活リズムが確立できなかったことを責めたり恨んだりする気持ちはもちろんハナクソほどもないけど、

あ、たしかに幼少期の生活リズムってマジ大事なんだなぁと自覚した一件だった。

 

大事ですね、早寝早起き。

 

より一層子どもたちの生活リズムを整えることに心身注ぎたいと思う。

 

 

フルで働いて5歳・3歳・0歳の子ども3人を育てている友人に、

あんた日勤帰ってきて(5時就業)子どもたち何時に寝てんの?と聞くと「8時だよ、8時に布団、8時半に就寝」とズバリ返答帰ってきて、

 

へぇぇぇぇぇぇえぇ!って感心したのが最近あったんだけど、努力すりゃできるってことよね。がんばります。

 

自身の子育てを通して、親のダメなところってゆうか失敗したところが見えていく・・・。

 

よし、私も早く寝よ。早く寝ても常に眠いのはもうなんなんだろうね?おやすみなさい。

 

 

震災から7年か。

あのとき絶望的な気分で夜を過ごした日から、ずいぶんと人生の局面があったなぁ

 

いろんなことに感謝して生活していこう。3月11日。