Many and Very

いつ死んでもいいように、なるべくがんばって生きたいだけ。

The way to love

 

前回のブログで、イライラに足下持っていかれて毎日毎日イライラむかむかと彼に腹を立ててる自分に反省した記事を書いたんだけど、

 

結婚式で東京に行って、友人のうちに泊めてもらって話を聞いたら、友人も似たような毎日を送っていて安心した。

 

具体的に言うと、お互い仕事をしてるのに家事はぜーんぶ自分がやっていることについてイライラし、仕事から帰って来て彼の靴下が床に投げてあることにイライラし、彼が食事のあとに食器を下げないことにイライラし、

 

そのほかにも何かっていうとちょっとした一言にイライラ、デリカシーの無い一言にもカチンときてイライラし、もうイライラがとまらなくてちょっと笑えるけどイライラしてるから笑えない状態で、

そんなイライラな友人に、彼女の恋人はむっとしていていると。

 

「ははは、あんたもなの、一緒だ、どこも一緒なのねぇ」なんてさんざん自分たちの問題点について話し合って、(私は)すっごくスッキリしたわけなんだけど、

 

どこのカップルも同じように、同じような感情にまみれて、同じような喧嘩を繰り広げ、同じようにしかめっ面で過ごしているとしたら、それってけっこう不幸なことよね?

 

 

相手の男性から顔をしかめたくなるようなことをされた、もしくは言われたときに思うのは、

 

もっと大事にしてほしい、好きなら大事にして当然、愛してるならこれくらいしてくれたって、

私のことを考えてないからそんなことできるんだ!言えるんだ!お互い尊重した関係がいいって言ってるあんたこそが私のことを尊重してないじゃない!この前ちゃんとするって言ったのに!もうはやできてない!やっぱりちゃんと考えてくれてなかったんだ!だって考えてたらどうして何度も同じことするわけ!!どーのこーの!あーだこーだ!ぴーちく!ぱーちく!エトセトラ!

 

さんざんの欲求不満にまみれた真っ黒な心で、そんなしょーもないことばっかり考えて、自分で不幸になって、

自分は自分は自分は自分は、もっとあーしてほしいこーしてほしい、そうじゃなかったらやっていけない、このさきも幸せな未来はない、きっとずっとそうだから不幸になるはず、ぜったいそうに違いないなんて、なんでそんなしょーもない思考に溺れちゃうんだろ?

 

その結果、相手の行動や言動を注意深く観察し、チェックして、執着して、またあんなことやってる、言ってる、なんて永遠にそんなことやるつもりなの?私…。

 

自分にとって何か不都合や嫌だと思うことががあったとき、

「自分は悪くないから相手にこう治してほしい」と望むことはとても簡単だ。

 

だって自分は自分の思ったように、都合のいいように進む方が楽だし、簡単だし、気持ちがいい。

 

「だらしない」「信じられない」「許せない」なんて文句を言って、自分は男の都合にちっとも合わせられないのに、彼が自分自身の都合を調整して、自分の都合に合わせてくれることの難しさは想像できないのは、やっぱり相手に厳しすぎるわよね。

 

 

私たちはきっともっとずっと気を抜いていい。

 

もっと気を抜いていいし、もっと相手を許していいし、もっと相手から開放されて良い。

 

相手のことと相手との生活を大切にしている分、相手のことを考えすぎて執着して、一つ一つのことをチェックするようになって、またあれやってない、これもできてないなんて勝手に相手を責めて、不機嫌になって、

 

そんな家にいたら、お互いしんどくなるの当たり前だよなぁ。くすん

 

相手から見て、どんな自分でいたいのか、どうやってお家で過ごしてほしいのか、どんな風に愛されたいのか、ちゃんと考えたら分かるのに、すぐに目の前が真っ暗になって、迷える子羊状態。めぇめぇ

 

 

友人の結婚式で超ええ声の牧師が、

「どんなときも相手のことを愛し、慈しみ、許し、受け入れいれること。愛されることを望むのではなく、まずは自分が相手を心から愛すること、愛に見返りを求めないことを、それを忘れないでください」なんて説教をしてて、

 

聞きながら自分のこと言われてると思って泣きそうになった。

 

そっこー忘れちゃいそうだけど、光のある方向へ目指していけば、きっと何かが変わるはず。

 

 

振り返ってみれば、自分を変えたいとか、自分が変わりたいとか思ったのはそれはそれは久しぶりのことで、

 

私はそんなに長い間、自分を客観的に見たり、誰かと混ざり合ったり、変化に身を置いてこなかったんだなぁ、と少し驚いた。

 

 

考えてみれば、環境の変化で自分が変わって行くことはとても自然な成り行きだし、

いろんな変化の中で、何かにたいして心を痛めたりすることがとても辛いと思ってたけど、そもそも成長するときにもけっこうな痛みが伴うし、

 

一人で気ままな生活を送っていた自分が、誰かと恋に落ちて、愛したり愛されたりして、生活も、自分も、どんどん変わって行くんだってことをちゃんと自覚しようと思う。

 

 

どんなときも、相手のことを愛し、慈しみ、受け入れ、許し、いたわること。

 

未熟な自分にはとても難しいことだけど、大人になって色んな感情を学んで、愛ってどういうものなのかって知る、人生の大切な段階だと思えば、身が引き締まる思いです。

 

自分が大好きだと思う相手に、幸せになって欲しい。

 

こういう気持ち、本当に見失いがちだけど、色んなことを心の糧にして、毎日精進しようと思う。

 

さて、風呂はいって寝よう。

 

今日もいい一日でした。