Many and Very

いつ死んでもいいように、なるべくがんばって生きたいだけ。

鏡の中の男たち

先日実家の母と今の小学生は年に2回ほどしかスキー授業がないらしい、学校のスキー授業も貧困の差が激しくて、裕福な家庭の子どもはスキーができる環境にあるから上手だし、そうじゃない家庭の子どもはスキーも持ってない、スキーに行ける環境になりから、授業にも格差がでてきてるらしい、

 

私たちの時代の25年前くらいはその格差はほとんどなく、クラス全員がなんらかの形でスキーを所持していた、

成長期のスキー道具なんてどうせすぐ使わなくなるんだし、使わなくなったものなどを寄付かなんかで集めて全部貸出にすればいいのに、今は子供が少なくて使わなくなった教室がたくさんあるんだから、その気になればできるよねぇ、なんて話をしていたら、

 

母はいきなり思い出したように、自分の二人目の夫、つまり私にとっての2番目の父親が遊び人で全然働くことはしなかったけど、遊ぶことはすきだったからスキーなどはよく連れて言ってくれてよかったね、なんてことを言ってきた。

 

私は「まぁ・・まぁね」などともごもご答えながらあの男のことを思い出し、

働き続けられない理由をすぐに他者のせいにして仕事をやめ、パチンコ、そのほか自分のすきな工作やキャンプ、スキーやスノーボード、車や釣りなどに精をだし、母のお金で遊び倒していたあの男、確かに遊ぶのはすきだった様子で、私たちとよく遊んでくれた、しかし無職で昼間からソファでゴロゴロ寝ている姿や、期限が悪いときによく八つ当たりされたことまでも出て来て少し嫌な気分になった。

 

離婚したその時には私は高校生だったくせに、何にも困ったことに遭遇しなかったから、父が兄に暴力を振るう夜があっても、働かずにのらりくらいと遊んでいることがあっても、働いてるのも母で家の家事をすべてやっているのも母であったことにも、大きな疑問はもたずに「みんなそんなもん」程度のことだと思っていた。

 

鈍感であるこということを自覚したのはつい最近だから、高校生の私もおそらく鈍感だったのだと予測される。あんなにグダグダした人間が近くにいたのに、そのことに気づきもしてなかったなんて。

高校生というものは、私たちが想像しているよりもずっと子どもであるということも、最近気づいたことだ。

 

 

H氏はすきあらば子育てのめんどくさいこと(オムツ換えや食事など)から逃げようとするし、イクメンなんて様子からは程遠くて遊ぶことばっかり言ってきて腹が立つことももちろんあるが、

それでも腹が立った時には「そもそも私はこの人と結婚できたことがもう奇跡に近いラッキーなんだった」ということを思い出すようにしている、というようなことを言った。

 

母はラーメンを食べていた顔を上げて少し笑い、「そうなの?」と聞いて来たので、

 

「考えても見てよ、あんた私が過去付き合ってきた男を思い出して見て、あれやこれやそれや、そのほかの私のスキルで関わりを持った男の中で、H氏以上にいい人っていた?」と返すと、

 

母はうんうんと何度かうなずき、「ほんとそりゃそうだわ、どうしもないのばっかりだった」というので、

 

私は「ほらね、あんたと同じくらい男見る目ない私が選んだ中では最高の人だわ。過去かかわってきた全部の男と結婚した場合の生活を想像してみたけど、絶対に最低最悪にちがいないもんね。」と得意になったのだった。

 

母は「そういえばあんたは昔からH氏と勝手に別れて、Hにほかに彼女がいても、もし向こうで彼氏できずに結婚できなかったら地元帰ってH氏と結婚するからいいんだ、なんて言って、かあさんはこの娘はほんと何言ってんだろ?って思ってたけど、考えて見たらHはなんでこんなバカと結婚したんだろう」と独り言を言っていた。

 

私もそう思う。

 

自分のバカさ加減は一番自分が知っている。

頑張ってるところも自分が一番知っているけど、どうしようもない私を同じくらい知っているH氏が、今も一緒にいてくれること、

 

そういう気持ちって忘れちゃいけないよなぁと、

 

ほんと寝顔に冷たい味噌汁ぶっかけたくなるときは思い出すようにしている、という話。

 

みんな夫婦喧嘩したらどうやって気持ちの納まりをつけてるのかなぁ。

ちょっと知りたい。私はあとはH氏のカードで夜な夜なくっだらないものをポチって解決してます。

 

 そんなことを考えてたさきほど、

H氏に私たち結婚して4年目だけど、あのときスタートラインだったとしたら、今の気持ちってフラット?上昇?下降?と質問してみると、

 

彼はアイフォンを触りながら「うーん、フラットかなぁ」というので、

「なんだ、じゃあ増えてもいないのね」とつまらなそうに返す私に、

にやけた顔で「い、いや、もう上がり用のないところまでね、上がってから結婚したのね」なんてことを言っていたが、

そのあとに「まぁやや上がりかね」とボソッとつぶやいていた。

 

やや上がりか。

そうです、私もやや上がりです。

 

 

 

そうそう、そういえば家作ってます。

  

まぁ正しくは作ってもらってます、ということです。ついにはじまりました。長かった・・・

 

 

基礎工事のはじまった自分たちの家になる部分を見て、「人生ついにここまで来たのかあ」と思った。

 

 

先のことはわからないんだから、大きな借金はしないほうがいいっていうのが先人たちの教えのはずなんだけど、

 

家と土地が自分たちの手の届く範囲にある場合はやっぱり欲しくなる。まぁ都心と違って、土地代あれば家が建つくらいの金額ですからね。

 

薪ストーブと広い庭のついたラップサイディングの白い家。

 

とりあえず楽しみです、おうち。

のびのびと、自分たちらしく暮らしていきたい。ものは着実に捨てまくっている。

捨てに捨ててもうほとんど捨てるものがない?ないよね?捨てるもの、ないでしょ?ってところまでとにかく捨てたい。引っ越し作業はものを詰める作業ってよりも、本当にいるものだけを残す作業にしたい。

 

 

さて、寝よう。宮本輝、おもしろい。なんどもいうけど。