読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Many and Very

いつ死んでもいいように、なるべくがんばって生きたいだけ。

女性のやりかた

イライラがたまってひどく惨めな気分になったので、友人に電話で話を聞いてもらった。

 

何回こういう深夜の電話でイライラをぶちまけたかわからんってほど話を聞いてもらってる。

 

「あーだ!こーだ!!!」と両手に抱えてる爆弾の火薬に水をかけてもらうために話しまくり、今は大分気分が落ち着いてブログ更新中。

 

女は女の気持ちがわかるし、男には女の気持ちはわからん。

男には男の気持ちがわかるだろうし、女には男の気持ちはわからん。

 

先日動物園に行って猿山を見た。

猿山にはたくさんの猿山がいて、ちいちゃい赤ちゃんの猿もたくさんいた。

ちいちゃい赤ちゃん猿はお母さんにしっかりしがみついておっぱいを飲んだり、お母さんのあとを必死でついてまわったり、お母さんを探したりして実にかわいい様子であり、またそれを無言で受け入れている母猿に対しても自分の現状と重なって思うことが色々とあり、猿山の牝猿に共感できた。

 

雄猿はボリボリと体を掻いたり、ゴロゴロと寝転んだり、なにかをモソモソと食べていたり、メスに後尾を求めて拒否されたりして、ほんとどうしようもないねという有様だった。

 

猿山の猿を見て、これ見てると子育てってまじで女の仕事なんだわ、それはもうどうやっても揺るがないんだわ、と思った。

 

 

太鼓の昔、わたしたちのずっと前の猿だか人間だか曖昧だったような昔、

槍を持って男衆が狩りにでかけ、女たちは穴倉や縄張りにこもって集団で子育てをしたり生活の基礎を整えたりしていて、

だから男よりも対人のコミュニケーション力がすぐれているって何かで読んだけど、

 

女が女の気持ちがわかるのはそうするべき理由があったからで、

 

例えばいま、母や祖母、村にいる何人もの女たちのコミュニティでみんなで集まって子育てをしていたとしたら、

子育てについての本能が備わってない男に睨みをきかせてやってもらう(というよりもやらせる)ことなく、コミュニティが運営できるんだとしたら、そうすればきっと、今よりもずっとずっと楽なんじゃないかって考えた。

 

 

子どもを見てると、小さな頃から子どもは子ども同士で遊ぶのが楽しい様子だし、あたしは動物である以上、人には今でもそういう習性が色濃く残っているんだとしたら、

 

猿山みたいな大きな単位で、みんなで生活しながら子育てしていくのは、きっと生命としては正しいあり方なんだろう。

 

 

さて、今日は子どもが寝た後に一人で立ち読みしたりお茶飲んだりリフレッシュしました。

 

夫がいないと私がわたしでいられないけど、それと同等に女友達がいないとまた、私が私でいられることもない。

 

疲れてるけど、明日からまたがんばろう。

 

 

おやすみなさい