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Many and Very

いつ死んでもいいように、なるべくがんばって生きたいだけ。

誕生日

32歳になりました、私、おめでとう。

 

ね、ね、ね、眠い、眠すぎる、だけど息子と夫が寝静まったこの時間帯だけが私の自由時間、、、

ブログ書こう、やっぱやめるか、今日はいいや、

 

いや、やっぱ書くか、あーしんど、書くこと思いつかない、

 

 

なんてことをやっていたら20分くらい経過してました。不毛。不毛だ。

 

母さん、不毛です。

 

 

昨日は誕生日でした。

 

夫がケーキを買ってくれてお祝いしてくれました。

母が息子を見てるから、なんかご飯でも食べてくれば?と1万円くれたので、

ありがたく夜はバイトしてたイタリアンで食事をして、イタリアから空輸された生のポルチーニを食べました。てへへ

 

 

夜夫と二人でご飯を食べに行くなんて、すごーくすごーくひさしぶり(ランチはたまにしてる)だったので、

お店に向かう途中で「ね、何年たってもさ、こうやって二人でご飯食べに行けるといいね」と下向いてぶりっ子気味に何回か言ったんだけど、

 

それとなく何度も無視された。

 

 

私「ね?聞いてる?」

夫「え?何?」

私「だからぁ、年取ってもさ、二人でご飯食べに行きたいねって行ったの」

夫「、、、(髪の毛を直している)」

私「ちょっと!聞いてた!?」

夫「えっ?なんだって??」

私「だからぁ!年取ってもぉ!二人でごはん食べたいねって!!」

夫「はぁ」

私「えっ!?」

夫「ん?」

 

 

しかし最後には「そうだな!そりゃ仲良くて健康じゃなくちゃいけないな!!」と締めくくっていた。

 

そうだね、確かにそうだ。

 

 

息子が生まれてから、なんだかすっかり自分の誕生日へのスペシャル感が失われてしまい、あんなに誕生日に孤独であることや、誕生日を一人で過ごすことに対して拘って必死になっていたのに、今はどうだ。

 

友人たちからメールが来ても来なくても、プレゼントがあってもなくても、どっちでもいい。

 

朝起きて、息子と夫が普通に過ごしていること、

自分の誕生日が普通の日であることが、違和感なく普通である日々は、やっぱり幸せなんだなぁと思った誕生日でした。

 

例えば私が思い病気にかかったり、もっと高齢になって死んだりするときに、「あの時は本当幸せだった」と思い出すのは、いまなんじゃないかと思う。

 

人生の中で、最高に幸せで、満たされていて、暖かい思い出を、いま作ってるんじゃないんだろうか。

 

H氏と彼が買ってくれたイチゴのタルトを食べてるときに何気なくそう言うと、

「それはすごくいいですね!」とよくわからない同意を得られた。

 

 

あと残されてるのは下り坂だけなんじゃ、、、

 

あとは転落していく一方なんじゃ、、、、

 

と急に不安になったけど、いまが山の頂上なんじゃないかと思いつつも、もしかしたら、もっともっと上にいけるかもしれないから、

色んな一休みしながら、これからも一つずつがんばって年取りたいと思います。

 

 

さて、寝るか。

 

おやすみなさい。

 

 

とりあえず母には「産んでくれてありがとうございます、人生は最高に楽しいです」と毎年メールで伝えている。

 

「よかったね☺️」と返信されたメールを見て、少し涙出た。