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Many and Very

いつ死んでもいいように、なるべくがんばって生きたいだけ。

エリクソンのしあわせの種

機嫌が悪いかもしれない。

そういう時は掃除。あとはできるだけ外出すること。

 

 

ところでエリクソンの発達段階・発達課題 というものを知っているだろうか。

私は知っています。

 

この説明がけっこう分かりやすいと思う。

 

私が簡単にかいつまんで説明するよりも、wikiとかブログとか読んでもらった方が分かりやすいと思うんだけど、これは私のブログなので私も説明を試みます。

 

エリクソンは心理学者で、人間には幸せな人生を過ごすための発達課題がある、というようなことを言った人です。

 

幼少期から幼児期、青年期、成人期、それぞれの段階によって精神的な葛藤や、それを乗り越えていくために必要なこと、もしくは乗り越えられない要因などなど、改めて考えてみると、なるほど、というようなことが書かれている。

 

私は大学の授業で習った。

 

久しぶりになんでこれを思い出したのかというと、先日ずっとずっと彼女がいなかったバイト先のオーナーに彼女ができた。

 

オーナーの年齢は35歳。

20代のときに1度結婚して失敗、それからは人生の転機だと、イタリアでコーヒーに出会いバリスタの資格を得て、それから東京に住んでイタリアンレストランでがむしゃらに働いたあと、去年の10月に自分のお店をオープンさせて今にいたる。

 

離婚後、ちょこちょこと遊んだ女の子はいたみだいだけど、真剣につき合ったりする関係にはいたらず、ずっと「俺、もう結婚とか恋愛とか今んところ無理だわ」と思ってたらしい。

 

北海道に帰ってきてできた彼女は私のひとつ年下で、ヘルシーな体系の美人さん。正確も明るくてかわいい。

 

つき合うにいたるまで、ウジウジうじうじと悩み、バイトのスタッフから「ウジ男」とまであだ名された彼だったけど、年末に気持ちを一新してから、とても真面目におつき合いしていてみてるこちらもホッとするし気持ちがいい。

 

そんなオーナーといつもの通りくだらない話をしていたとき、

「つーかさ、いまの旦那とつき合うまえって、ずっと彼氏いなかったんでしょ?つき合ったとき、戸惑わなかった?」と質問された。

 

「おれさー、いや、やっぱりね、つき合ってて楽しいよ、好きだし、だけどやっぱりずっと一人でさ、一人で色々なことを完結してきたから、二人だとどうして良いか分からないというか、めんどくさい…わけじゃないんだけど、モヤモヤするってゆうか」

 

 

わかります

 

 

「分かりますよ」と私は言った。

 

私も激しくそうだ。

H氏とつき合ってからも私もそうだったし、結婚した今もそうだと言える。

 

一人の時間が長過ぎて、他人と密接に関わるってことがどんなことかよく分からない。

どうすれば人は傷つくのか、怒るのか、また喜ぶのか、嬉しいのか。楽しいのか悲しいのか空しいのか切ないのか。

人と生きるってどういうこと?自分ってこんなに未熟だったんだっけ?

この先こんなに不自由に生きるんだったら、一生独身のほうがずっとずっと楽しいし、すごーく楽なんじゃないの?しあわせってなに?しあわせって何のことよ?

 

横浜からこっちに引っ越しして、しばらくは喧嘩ばかりしてたし、私は超絶不機嫌で、この人と結婚していいのかということばかり考えてた時期もあった。

 

でもそれって、ほんと、相手じゃなくて、全部自分が原因なんだよな。

 

私が未熟で、私が足りない。相手は変わらない。だいたいのことがそうだと思った。

夫が完璧とか、全部私が悪いとか、そういう話じゃなく、自分の人生は、自分に責任がある。

 

 

話は戻るけど、そう言いながら相手との距離やつき合い方、関わり方、仕事とプライベートの両立など、いろいろなことで悩むオーナーと、

「結局、自分一人でいるほうが当たり前で楽しいことも当たり前なんですよ。」という結論になった。

 

「でも、だけど、大切なことは、私たちはきっと、一人で一人の人生を好きなように謳歌する時期は終わっていて、今は人のことを考えたり、誰かと真剣に向き合ったり、愛について学んだり、そういうことが、いまの自分の人生で大切で、やるべきことだし、それがきっと結果的にこの先の将来の幸せってことなんですよ。」

 

二人で話しながら激しく納得した。

 

そんな話の流れからエリクソンを思い出したってわけです。

 

ブログからの引用

成人期 生殖性 対 自己没頭・・・自分自身にしか関心がもてず、自己没頭という状況になると人格の停滞を示し、この発達をうまく乗り越えられない。

 

自分一人で考えて行動して楽しむ人生は、絶対に楽だ。

 

そしてずっとそうやって周囲の責任をとらずに、いざ人生の週末を迎えたときに、あっけからんとちゃらんぽらんに死んでいった人を知っている。先日火葬した父だ。

 

老いてぼけた母親を悲しませて泣かせ、キーパーソンは誰もいなくて、頼れる人はお金を払って来てくれるデリヘル嬢、好きなことをして悔いはない、これが俺の幸せな人生だと言われても私には到底そうは思えない。

 

 

私たちが日々悩んでいること、夫といい家庭をつくること、自分が女性として、妻としての役割を果たすために必要な精神力、そういうことで深く悩んで反省することは正しい。

 

一度愛の形成に失敗したオーナーが、反省を活かして今の彼女と愛をはぐくむために試行錯誤する行為は心から尊い。

 

 

だから思う存分、たくさん悩んで、愛と幸福のもと、誰かを大切に思う葛藤は、人生の喜びの種だって話。

 

さて、オリンピックの閉会式気になるけど体力の限界なので寝ます。おやすみなさい。